奇跡的な連続・2

 出来上がった豚汁をお椀によそって、両手に一つずつ持ってリビングに移動した。後ろをアマミヤがついてくる。ぼくはテーブルにお椀を置いて、アマミヤにクッションを勧めた。茶箪笥から箸を二膳取り出して、テーブルに並べる。


「ナツヒコに会えたら、首を突っ込むのはやめるよ。ぼくだって、危険なことが好きな訳じゃない」

「そんな悠長なことを言っていられる場合ではないのですけど」

「どうもそうらしい。それで、アマノさんは、どうなったのかな。警察は、動くの?」

「いまのところ、まだでしょう。職場の人間が不審がれば、明日の朝から昼くらいに動き出す可能性はありますが、私たちのほうが早いと思います」

「助けられそう?」

「分かりません。関係の無い方を巻き込んだことで、上は大わらわです。直に捜査本部が設置されるでしょう」

「警察みたいだな」

「警察より優秀ですよ」

「いまは君たちを信じるしかない」


 豚汁を啜るぼくに釣られて、正座したアマミヤも箸を手に持つ。

「いただきます。しかし、なぜこのタイミングで襲われたのか、私には疑問なのです」

「前回から四日経ってる。体勢を立て直したんじゃないか。それに、今回は一般人が3人いた。いや、そうか、通話が盗聴されていたのか? キノサキさんとは会う約束を通話で決めたんだ」

「キノサキさんという方は、こちらで身元を洗っています」

「うん。でも、キノサキさんがマークされている可能性は大きいんじゃないかな」

 ぼくは自分の言ったことを咀嚼しながら、暫く黙って箸を進めた。アマミヤはそれを感じ取ったのか、ぼくの斜向かいで黙ってくれていた。


 だけどそれ以上考えても、何も思い浮かばなかった。なので潔く、別のことを考えることにする。そうすれば、どこかから閃きはやってくるということを、経験則的に知っていたからだった。

「ところで、話は変わるんだけど、AEのアバターって、本人に似てるけど、あれって変更は出来ないっけ」

「無理ですよ。体内のチップとAEのデータが繋がってますからね。それに、本人そのままにしておかないと、外部と内部のデータの連動が上手くいかないらしいですよ」

「うーん……」ぼくは少し考えを巡らせた。「これは確認なんだけど、精神格納装置から別の精神格納装置へは、精神はコピー出来ないんだよね?」

「そうですね。デジタルデータ化された物をコピーすると、劣化しますし」

「あと、もう一つ。よく工学の本や講義で出る話だけど、例えばぼくの精神を格納装置に格納して君の有機ビヘルタに入れたら、やっぱりまずいの?」

「まず違法です。そして、自我にヒビが入ると言われていますね」

「それがよく分からない。例えば、自分の見た目を変える為に整形手術を受ける人はいるじゃないか」

「いえ、自我にヒビが入るというのは比喩で、肉体が拒否反応を起こして精神に影響が出る、ということらしいです。新しい肉体の精神に送られる電気信号と、記憶の中の感覚とのズレによるものと考えられています」

「うん。でも、体つきが近ければいいんじゃないか? 例えば、一卵性双生児で、ほぼ同じ生活を続けていたら?」

「はい。その可能性は指摘されています。しかし、いくら同じような生活を続けていても、全く同じになることは、計算上ありえません。なので、同じ肉体になることはありえないのです。一卵性双生児でも、病気の発生率が違うじゃないですか。それのごく小さなものは、起こってしまうということです」

 この辺り、講義を聞いていても完全に理解出来ず、何冊か本を読んだりしたのだけど、いまだに飲み込めずにいる。


「でも、有機ビヘルタは細胞を採取して、コクーンで作るだろう? あれだって、本人と同じ人生を歩んでいる訳ではないよ?」

「ええ。そうです。なので、拒絶反応は起こり得るんです。確率としては、一卵性双生児と同じくらいと言われていますが、一卵性双生児よりも確率が低いという都市伝説もあります」

「ふうん。肉体と精神の相似関係という訳か……」

「その通りです。この豚汁、美味しいですね」


「ところで、カイザ・ジャパンのカガミ・キョウイチって人、知ってる?」

「知ってますよ。有名な開発者の人じゃないですか。マヤさん、工学部のくせして知らないんですか?」

 知らなかったけど、工学部のくせしてとまで言われるとは思わなかった。カガミ・キョウイチという開発者が何者なのか。それだけがいまのところ見えている、考えられる道筋だった。

「何をして有名な人なの?」

「何って、ビヘルタの開発ですね。カイザの本局にいたこともあるとか。ウェブで検索したら、出て来ません?」

 そう言われて、ぼくは正直にブラウザを立ち上げた。検索バーに『カガミ・キョウイチ』と打ち込む。アマミヤは音を立てないように豚汁を啜っている。

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