硝煙と雨霧・6
男は動かなくなった。
ぼくは、自分の足と肩が震えていることに気付いた。口の中が乾き切っていた。隣を見ると、キノサキが目を見張りながら、歯噛みをしていた。カメラで押さえられなかったことが、余程悔しいらしい。
しかし、辺りを見回しても、アマノの姿は無かった。
「アマノさんがいない」
そう言いながら辺りを見回すと、倒れた男からナイフを抜くアマミヤと、ぼくと同じように辺りを見回すキノサキの姿が見えた。やはりアマノはいない。
キノサキが何かに気付いたように、「あれ」と言った。
「どうしたんですか?」
「アマノさんから通信が入ってた。データが添付されている。これは……、病院襲撃事件の被害者リストだ。いや、俺の持っているのと違う。ホソミ・ナツヒコが死んだことになっている」
「じゃあ、もしかして」
「ああ、これは本当の被害者リストかもしれない。俺の持っているのと付き合わせて見てみる必要がある」
「アマノさんは、どこに行ったのでしょうか」
「帰った訳ではないだろうけど……」
ぼくとキノサキが話していると、そこに拾った傘を差したアマミヤが近づいて来た。
「すみません。私一人で3人を護衛するのは、不可能でした」
「つまり?」
冷たい予感が胃をせり上げる。ぼくは額に汗の滲むのを感じながら、アマミヤの返事を待った。
「アマノさんは連れ去られてしましました。私があのスーツの男と格闘している最中です」
「どうして……」
ぼくはそう呟いた。呟いたというよりはむしろ、言葉が口からこぼれたと言ったほうがいいかもしれない。
アマミヤはぼくの言葉をどうとらえたのか、ぼくに向かって頭を下げた。
「申し訳ありません。マヤさんのいる方向へ向けては、発砲してはならない命令なのです。この度の失態は完全に私の実力不足によるものです」
「いや……、君のせいじゃない」
「しかし」
ぼくは言いようのない不安が脳の中を渦巻くのを感じていた。さっきまで話していた人間がよく分からない集団に連れ去られたという事実。それに、狙われていたのがぼくだとするなら、ぼくと関わったせいでアマノは連れ去られたということではないのか、という疑念。
「本部に戻り次第、記録映像を提出します」
「それで、アマノさんは助かるの?」
「分かりません」
それは、そうだろう。しかし、それでも助けるとか、格好いいことを言って欲しいものだ。
キノサキがぼくの肩に手を置く。
「アマノさんのことは後で考えるとして、いまはここから逃げよう。直に警察が来る。俺たちまで捕まりかねない。あるいはその前に、敵の別の部隊が、あの倒れているのを回収に来るかもしれない。ともかく、ここから離れるんだ」
無言で頷くぼくの目の前にはアマミヤが見える。きつい目つきの、いつも通りの表情だった。
「公園の封鎖は、既に解かれているとおもいます。あまり長く封鎖していると、怪しまれますから」
「よし、さっき入ったところから出る。いいね?」
アマミヤが頷き、ぼくもまた無言で頷いた。駆け出すキノサキの後ろにぼくが続き、その後ろにアマミヤが付いた。
出入り口は何もなされていなかった。ぼくらは入ったときと逆の順に道を駆け、再び諏訪神社の大門を潜り、参道の階段に出た。
階段を下り、アマミヤの指示で、途中で道を折れる。その先には黒い自動車が停まっていた。SUVとかいう分類だったと思うけど、それは比較的大きな車だった。
アマミヤがその車に駆け寄りながら、「乗ってください」と言った。ぼくはアマミヤの小柄な体とその自動車の大きさの差に驚いたけど、アマミヤが普通の職業に就いていないことを思いだして、その驚きを訂正したくなった。
アマミヤは運転席のドアの掌紋認証を解きながら、ぼくとキノサキに急かすような目を向ける。
「街中までいきましょう。相手も人混みでは手を出しにくいと思います」
「ちょっと待って」
ぼくはアマミヤの言葉に声を挟んだ。
「人混みでは手を出しにくいって、長崎駅前の爆破事件の犯人とぼくらを襲った犯人、というか組織は、別なの?」
「私たちはそう見ています」
自動車を見ていたキノサキが、驚いたようにアマミヤを見た。
「それじゃ、君らは爆破事件の犯人を知っているのか?」
「いえ。それは不明です。しかし、先ほど襲ってきたグループなら、分かっています」
「それは、何?」
「お教えできません」
その答えを聞いたキノサキは、腕を組んで黙ってしまった。アマミヤはそれを無視して運転席のドアを開き、「乗ってください」とぼくらを促した。
後部座席のドアを開きながら傘を閉じる。ぼくは、爆破事件の犯人とナツヒコとの関係がどんなものなのか考えながら、黒い車の中に体を滑り込ませた。
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