硝煙と雨霧・5
キノサキが、カメラ越しにアマミヤが撃った方を見る。
「君、生身?」
「いえ、改造してあります。基礎はクローン体ですが。撮ってませんね?」
「俺だって命は惜しい」
「賢明な判断に感謝します。次が来ます」
アマミヤがそう言うと、辺りから木の葉の擦れ合う音が聞こえ始める。
がさっ……。
がさがさっ……。
音は辺りを回るようにその発生源を変える。
得体の知れない音が聞こえ始めるという不安。いつどこで、何が起こるのか分からないという不安。自分が襲われるかもしれないという不安。
アマミヤが右|(ぼくらから見て左)を向いたまま、再び両手でライフルを顔の前で構える。
がさっ……。
視界の端で何かが動くのが分かった。
何か飛び掛かって来る、そう思ったときには、声が出ていた。
「アマミヤ、後ろ!」
ぼくがそう言い終らないうちに、アマミヤは体を開いてライフルの銃身に添えていた左手を離し、そのまま膝を折って姿勢を低くした。銃口の位置を変えずに。ライフルの角度は、段々と上向きになっていく。
アマミヤは膝を曲げながら左手を腰の位置、ジャケットの裾の内側へ入れた。その動きと同時にアマミヤが右手だけで持っているライフルが火を噴く。今度は連射されていた。ライフルは反動でさらに上向きになる。
左耳の銀色のピアスが、雨の中で輝いて見えた。
アマミヤのしゃがむ速度について行けなかった傘が、後ろ向きにひっくり返っていく。
アマミヤは右手で握っていたライフルのグリップを反動に任せて手から離し、体を回旋させて左を向いた。反動で動いていたライフルが中空の傘に当たり、開かれたままの傘は捩じれをプラスされてさらに落下していく。
アマミヤの左手の先が閃いた。そこには、小振りなナイフが握られていた。体が完全に左を向くと同時に、ナイフを順手に持った左手に右手が添えられる。
そのナイフに、大きな刃物が当たった。
鈍い金属音。
ビニール傘とライフルが、ほぼ同時に地面に落ちる。
2メートルはあろうかという、黒いスーツを着た大男が、その手に幅広の刀を持ってアマミヤに襲い掛かっていた。その刀の一撃を、アマミヤがナイフで受けた形だ。
何かが落ちるような大きな物音が聞こえてアマミヤの背側を見ると、5メートルくらい離れたところで別の大男が伸びていた。どうやら、いまの連射で被弾したらしい。
黒いスーツの大男は、両手で刀を押し込むようにしている。アマミヤも両手でナイフを持ち、それに応えていた。
アマミヤが少し、身を低くする。押されている格好らしかった。
まずいな、と思った。力の差はどう見ても歴然だ。アマミヤがいくら体を改造しているといっても、相手だって普通の人間ではないだろう。
ぼくがそう思っていると突然、スーツの大男が右手を刀の柄から離した。アマミヤがその隙に体勢を立て直す。しかし、男の力も相当らしい。アマミヤが優勢になることはなかった。
男は離した右手を、スーツのジャケットの中に入れた。ぼくの頭の中で警報が鳴る。目だけを動かしてそれを見たアマミヤは、素早く身を翻した。
竜巻のように、左回旋するアマミヤの体。力を右前方に流されて、男の刀は地面へ振り下ろされていく。
しかし男は冷静だった。ジャケットの下から抜いた右手には、拳銃が握られていた。そしてその銃口は、こちらを向いている。
狙われているのはは、ぼくらしかった。
男は体勢を崩されながらも顔をこちらに向けて、ぼくを睨み付ける。いや、狙いを定めているのだろう。
体中に緊張が走る。
しかしそのときのアマミヤの動きの華麗さといえば、まるで芸術品のようだった。黄金比のように、フィボナッチ数列のように完璧だった。
回旋した勢いのまま、アマミヤは男の懐に踏み込み、逆手に持ち替えたナイフで斬り上げて、その身を裂いた。
男の右手首が腕から切り離され、鳩尾のあたりから首に掛けて、銀色の閃光が輝く。
天へ落ちて行く雷のようだった。
直後、アマミヤは男の腹部に前蹴りを喰らわせる。男は立ったまま後ずさりした。その上半身には大きな裂傷が出来上がっていた。
雨水を吸った地面に男の右手が落ちる。それは切り落とされてなお拳銃を握っていた。アマミヤはそれを踏みつけて、拳銃のグリップから指を剥がした。
男の手首の断裂面から、血は出なかった。どうやら無機型ビヘルタらしい。男は表情を作らず、右腕の先の断面も体の傷も庇わずに、平然とした様子で間合いを取った。幅広の刀を左手だけで構えている。
アマミヤはなぜか、懐から拳銃を抜かなかった。敵が近いからか、あるいは、ぼくらが近くにいるせいかもしれない。
降り付ける雨がアマミヤと黒いスーツの男を濡らしていく。アマミヤの短い黒髪が段々と互いに張り付いていった。こんな状況でなければ、傘を差してあげられただろう。
アマミヤはナイフをまた順手に替えて左手で体の前に構え、腰の位置を低くした。獲物に飛び掛かる直前のジャガーみたいだ、と思った。
男の裂傷は致命傷にはならなかったらしい。多分性能に影響は出ているだろうけど、それ以上後退しようとはしなかった。
隙を伺うような膠着。
どこかでまた、雷が鳴った。
雨は酷くなるばかりだ。
男が刀を中段に構えたまま、ぬかるんだ地面を駆け出した。
アマミヤは、その場で動かなかった。
すぐに、男とアマミヤの距離が2メートルを切る。
一歩大きく踏み込めば、お互いに一撃を喰らわせられる間合いだ。
男とアマミヤの伸長差は多分、40センチ以上ある。だけどアマミヤが腰を落としているせいで、その差はさらに大きく見えた。
男は刀を振り上げて、歩幅を大きくした。
もし、その勢いのまま振り下ろせば、刀はアマミヤの肩に切れ込みを入れるだろう。
しかし、そうはならなかった。
アマミヤは突進してくる男に向かって、腰をさらに低くしながら右足で半歩踏み込んだのだ。そして、振り下ろされる男の左手首を、右手で掴んだ。
その低い姿勢のままアマミヤは、男の懐にさらに左足で踏み込んで、ナイフを持った左手を男の腹部に叩き込んだ。
アマミヤはステップを踏むようにして足の位置と体の向きを調整し、右手で握った男の左手首を地面に向かって強く引く。
アマミヤの、眉間に皺を入れた顔が見えた。
男の体は前方に4分の3回転して、背中から地面に叩きつけられた。
泥が大きく撥ねる。
仰向けになった男の鳩尾には、ナイフが突き刺さっていた。
アマミヤに視線を戻すと、既に左手だけで拳銃を構えていた。銃口は男の頭を向いている。
銃声が3発分連続で聞こえた。
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