硝煙と雨霧・4
アマミヤはビニール傘を首と右肩で挟んで差して、肩から斜め掛けにして何かを持っていた。駆け足で近づいて来る彼女の姿をよく見ると、肩に掛けているのは多分アサルトライフルとかいう銃火器で、アマミヤは平然とした顔でそれを両手で持っていた。何という銃かまでは知らないけど、黒くて軽そうな物だった。
キノサキとアマノは目を丸くして言葉を失っている。どうやら彼女の知り合いは3人の中でぼくだけらしいので、ぼくが話しかけることにした。
「それ、君の?」
「違いますよ。敵から奪ったんです。こんなもの持って来てるんですから、相手も本気ですよ。長崎公園は封鎖されてしまいました」
「えっと……、敵はまた4人?」
「そうです。味方も4人。ちょうど良かったですね」
「それは、君の応援が3人来ているということ?」
「いえ」
アマミヤは自分を指さした後ぼくを指さし、その指先をキノサキとアマノにも向けた。
「この場にいる4人ですよ」
「意外だな。冗談を言うんだ、君」
「ええ、社交の授業があったので」
「へーえ」
ぼくの横でずっとアマミヤを見ていたキノサキが、ぼくの方を見た。
「君の知り合いか?」
「ええ、まあ、そうです」
「アマミヤ・ミツキといいます。キノサキ・ジロウさんですね。はじめまして」
「うん……。写真、撮っていい?」
「申し訳ありませんが、上司から写真や映像はNGが出ておりまして」
「そうか、残念だ」
以外に引き際が良いな、と思っていると、アマノが笑いだした。
「何の冗談だ? 揃いも揃って、私を担ごうとしているな?」
「アマノ・コウジさんですね。残念ながら、これは冗談でも演習でもありません。どうかご協力をお願いします」
アマミヤはそう言って行儀よく一礼をした。ぼくはアマミヤに質問をぶつける。
「それで、さっきの音は、君がそれを撃った音?」
「そうです。一人は戦闘不能にしました。有機型のビヘルタでした。小型のドローンとの連携を戦闘に組み込んでいましたが、まだ実戦段階とは言い難い完成度でした」
「あそう……。で、あと3人?」
「勘違いして貰っては困りますが、私の任務はマヤさんを警護することであって、襲ってきた敵を返り討ちにすることではありません。騒動が起これば警察も動きますし、時間稼ぎが出来ればいい方だと思って下さい」
「でも、一人減ったのなら、その分逃げやすくなる」
「それは、そうです」
アマミヤが、きつい目つきでぼくの目を見た。ぼくはどうもその目つきが苦手なのだけど、ぼくがそう思っていることを、アマミヤは気付いていないだろう。
ぼくの横で、キノサキが「一応ね」と、背負っていたバッグからカメラを取り出した。アマミヤはキノサキに目を遣って、「何か写しても、それが世に出ることはありませんので」と言った。
「敵のアタックチームは3人になったわけでしょう? それなら、出口まで走れば逃げられるんじゃない?」
ぼくは正直に思ったことを言った。するとアマミヤは、「そうは問屋が卸さないのです」と肩を竦めた。ぼくは、その外見と言っていることのミスマッチを感じた。こんな事態でなければ、笑っていただろう。
アマミヤは言葉を続ける。
「3人が順番に襲って来るとでも思っていますか? いまさっきだって、4人のチームワークで襲って来かけていたところを、私が一番弱い点を突いて、その和を乱して作戦を阻止したというのに」
「つまり?」
「3人で取り囲むなりされて、袋叩きにされる、ということです」
「それは、まずいね」
「ようやく分かってくれましたか」
キノサキは状況を飲み込んだのか、「でも」と口を挟んだ。
「出口はすぐそこじゃないか。アマミヤさんが何者なのか知らないし、敵が何なのかも知らないが、そんなにまずい状況なのか?」
「ええ。現在、既に取り囲まれています」
アマミヤは少しも表情を変えずにそう言った。ぼくは天を仰ぎ、キノサキは声を出して笑った。アマノはずっと黙っていた。
辺りを見回したけど、人の気配はなかった。ドローンやロボットの駆動音もない。ぼくは打開策を見つけたくて、質問をすることにした。
「敵は、全員ビヘルタ?」
「多分。有機と無機のバランスは不明ですが、有機の方が戦いやすいですね。祈ってください」
「それも冗談? 祈る神がいないのに」
「私にもいません。それなら、私を信じてください」
「まあ、それなら」
ぼくはそう言って頷いた。しかしぼくが頷き終わる前にアマミヤはライフルを構えて、ものすごいスピードで真右を向いた。
さっきも聞いた、乾いた破裂音。
ぼくは釣られて、アマミヤが向いた方を見た。こちらから見て左。
5メートルくらい離れた地面に、小さな何かが落ちた。
「何?」
「蜂に似せて作られたドローンです。翅で飛ぶので、ローターより静かなんです」
キノサキが驚いた様子で、「撃ち落としたのか?」とアマミヤに訊いた。アマミヤは依然右を向いたまま、「はい」とだけ返した。
「向こうに一人います。落ちたドローンの向こう」
アマミヤはそう呟いたかと思うと、傘を頭と右肩で挟んだままライフルを顔の前に持ち上げて、両手で前方に構えた。
破裂音が一発だけ響く。
一瞬、雨音が消えた気がした。
アマミヤがライフルを下ろす。
「これであと二人です」
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