硝煙と雨霧・3

 キノサキが質問を重ねる。

「ところで、襲撃犯は見ていないということでしたね」

「ええ、全く見ていませんよ」

「犯人に関しては、まだ捜査中だそうです。そこで、医師の観点から何か分かることはありませんでしたか。傷口などから」

 アマノは記憶を探るように「うーん」と唸り、傘を持つ手を変えた。

「運ばれてきた患者は、誰もが瀕死でした。現場には即死の人もいたと聞きます。それは、狙ってやったことのように思えた。ナイフのような凶器も使われていましたが、総じて急所が狙われていました。首の大動脈などです」

 アマノは自分の首の左側を指さす。

「銃傷も、やはり狙われたのは急所でした。それで、あんなに人が死んでしまったんです。素人の犯行ではないように思います」

「素人ではない……」

「人間の体を知り尽くしている、殺しのプロ、あるいは医療関係者などですか……。いや、銃を発砲している人間に関しては、プロの殺し屋なのかもしれない」

「傷つけられ方は全員同じでしたか?」

「いえ、ばらつきがありました。ホソミ君は酷い方だった。何人か酷い傷の人間はいましたが、ホソミ君のように何発も撃たれている患者はほんの少しだった」

「それでも、少ない傷で確実に急所を狙っていた訳ですね?」

「ええ。しかし、ホソミ君たち一部の患者への傷つけ方へは執拗なものを感じました」

「恨みを感じるような?」

「というより、確実に、念には念を入れて殺害しようとした感じだったかもしれない」


 ぼくは胸の悪くなるのを感じていた。キノサキは質問を考えているのか、また顎に手を遣っている。

 ぼくはさっきの会話を思い出していた。クローンの頭の中に精神格納装置を移植する手術。クローンを育てる、コクーンと呼ばれる大型の人工子宮。採取した細胞のDNAを人工幹細胞に変える為の処置。幹細胞にはどんな種類があっただろう? 講義で教わった事実が脳内に溢れていく。講義室に映写されるパワーポイント。学生で埋め尽くされる席。


「大丈夫か?」

 キノサキがぼくの顔を覗き込んでいた。

「すみません、大丈夫です」

 ぼくがそう言うと、キノサキはまたアマノの方へ顔を向けた。

「先ほどの話に戻りますが、冬麻記念病院では有機型ビヘルタに精神を格納する処置も行っているのですね?」

「そうみたいですよ。私は専門が違うけど、行っていること自体は喧伝されているところです」

「精神を格納装置にコピーする処置も?」

「もちろん。それ無くして有機型ビヘルタはありえませんから」

 ぼくは何となく気分の沈んでいるのを自覚しながら、しかし頭を全力で回転させた。脳から高熱が放射されそうだった。何か閃きそうな気配がしていた。だからぼくは、また話し始めた。


「有機型ビヘルタはクローンですね。18歳のホソミ・ナツヒコのクローンがあったということは、18年間、冬麻記念病院にホソミ・ナツヒコのクローンが眠っていたということはありませんか?」

「分からない。ナツヒコ君は、そんなに特別な人間だったのか?」

 アマノの疑問はもっともだった。ぼくだって、ほんの数日前まではそう思っていたのだ。疑問に答えたのはキノサキだった。

「分かりません。あるいは、そういうこともあったかもしれません。ただ、順当に考えると、襲撃事件の18年前にクローンは作られたことになる」

「問題は、クローンの精神格納装置にいつ精神がコピーされたかです」

 ぼくのその言葉に、またキノサキとアマノの視線が向く。ぼくは言葉を探しながら、口を動かし続けた。


「クローン体に精神は無い。あれは意図的に精神が作られないような肉体を作り出しているからですよね?」

「そうだ。DNAに処理をした細胞から、受精卵を作っている」

「精神の無いホソミ・ナツヒコの18歳のクローンからは、どのタイミングで脳が取り出され、そして精神格納装置が入れられたのか……、まさか」

 ぼくは、頭の中に原語化されていないイメージが次々と膨らんでいくのを感じた。そのイメージたちは真夏の積乱雲のように膨らんでいって、ぼくの意識の内には、ばらばらなピースが浮かび上がってくる。


 それらが一繋ぎになっていくような感覚がした。

 体中に鳥肌が立つ。

 涙が込み上げそうになる。

「だったら」


 ぼくが灰色の雲を見上げながらそう言ったときだった。背後から連続する乾いた破裂音が聞こえて、ぼくらは揃って背後を振り返った。

 そこにはビニール傘を差したアマミヤ・ミツキが立っていた。雨音の中にアマミヤの声が聞こえる。

「逃げますよ、皆さん」

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