継続する困惑・5

 図書館に行く前に、ネットで当時の記事を探してみた。幾つかのブログ記事がヒットしたけど、どれもニュースを見た感想ばかりで、知っている情報を確かめる以上のことは出来なかった。


 今日も冷たい雨が降っていて、路面電車の走る線路が濡れて光っていた。ぼくは傘を差して、暗い昼前の空の下を歩いた。


 長崎駅から10分ほど歩いて、図書館に辿り着く。図書館と言っても紙の本を読んでいる人間は少なく、デジタルアーカイブをモニターで見る人が殆どだった。


 読書用の席には幾人かが座って、手元のタブレット端末に視線を落としていた。ぼくは空いている席に座って、タブレット端末を操作し始めた。


 本文検索の欄に『冬麻記念病院 襲撃』と打ち込んで、『新聞』『雑誌』のチェックボックスにチェックを入れて検索をした。ヒット数はおよそ千件だった。


 日付を古い順にソートすると、2097年4月8日月曜日、秋穂あきほ新聞の朝刊が一番上に上がった。クリックすると、一面の見出しが目に飛び込んでくる。

『長崎の病院で殺傷事件 死者十八名』

 確かこの後死者は増えて、最終的に20人を超えたはず。近年まれに見る重大犯罪として報道されていたこと思い出した。


 近年、というかこの数十年で科学技術が警察機構に果たした功績は大きく、犯罪は減少の一途を辿った。時を同じくして医療技術も発達して、人は格段に死ななくなった。しかし、冬麻記念病院襲撃事件では、20人を超す死者を出したのだ。その理由の一つに、犯人が一人でなく、グループだったこともあった。


 犯人グループは刃物と拳銃で武装していた。日曜の夜、寝静まった病院の病室に寝ていた患者たちを、犯人たちは次々と襲撃していった。死者のうち殆どが入院患者だった。当直だった看護師も二人、亡くなっている。

 それに、この事件の犯人は犯行後逃走し、いまだ捕まっていない。防犯カメラに映っていた犯人は3人だったけど、逃走車両の運転手が一人いたことが分かっている。凶器の入手経路は不明のまま、前例のない、犯人が逮捕されていない凶悪事件として知られている。


 ぼくはタブレットから顔を上げ、宙を仰ぎ見た。数日分の新聞と週刊誌などを約1時間かけて斜め読みしたけど、知っていることを思い出す以上の情報は無かった。ネットで読んだことよりも詳しく載ってはいたけど、それでも記憶が蘇るだけだった。


 ぼくはまた視線を下げ、新聞などを読む作業に戻った。週刊誌は被疑者を追うような記事を書き立てたが、3年経ったいまも、犯人を特定するようなスクープは飛ばせていないらしい。


 昼を過ぎ、一度昼食を食べに外出した以外はずっと、読書席でタブレットを見つめていた。日にちが進むにつれて、事件の記事が徐々に減っていくのを感じる中、4月26日付の『月刊観望かんぼう』5月号の特集記事が目に付いた。

『冬麻記念病院襲撃事件 被害者が語る犯人像』

 その記事は、襲撃事件当夜病院にいて犯人を目撃した人へのインタビュー記事だった。顔から下の目撃者の写真をバックに、記者との対話形式でインタビューは進められていた。どうやら目撃者というのは女性らしい。彼女は膝の上で両手を握りしめていた。


『まず、犯人が3人だったというのは本当ですか?』

『はい。物音で夜中に目を覚まして廊下に出ると(Aさんは襲撃を受けていない病室に入院していた)、黒尽くめの大柄な人が3人、突き当りの部屋から出てきたんです』

『その3人は、手に何か持っていましたか?』

『暗くて、非常灯だけだったのですけど、一人は大きな、棒状の物を持っていました。刃物だったかもしれませんけど、よく分かりませんでした。私、怖くて、すぐに部屋の中に戻って、内側から鍵を掛けたんです』

『大柄と仰いましたけど、身長的には、どのくらいですか?』

『190くらい……。もっとあったかも知れません』

『それは、3人とも?』

『はい』

『最初に物音で起きたということですが、どんな音でしたか?』

『がしゃーん、って感じの、何かが倒れるみたいな音です。その後、悲鳴も聞こえました』

『それは、ドアを閉めた後?』

『後です。色んな人が叫ぶような声が聞こえて、私怖くて……』


 『月間観望』は比較的硬派なイメージの月刊誌で、エンタメ記事や派手な記事、グラビアなどはやっておらず、およそ学生が読むような雑誌ではない。ぼくも読んだのは初めてで、メインターゲットはたぶん、中高年だろう。


 そのあと夕方の5時過ぎまで図書館にいたけど、収穫のようなものは無かった。被害者の名前はやはりどこにも乗っておらず、被害者たちが連絡を取れるような団体|(冬麻記念病院襲撃事件被害者の会のような)を結成しているという情報もなかった。

 被害者にコンタクトしていたのは『月間観望』だけで、唯一ぼくが思い付いた手段は『月間観望』の記者から被害者の連絡先を聞くというものだったけど、そんな物はどう考えても教えて貰えはしないだろう。



 家に戻って夕飯の支度をしていると、ユリコからメッセージが入った。いま通話しても大丈夫か、という内容だったので、『焼きそばを作りながらでもいい?』と返信をした。するとすぐに、通話が掛かってきた。

「もしもし、シンヤくん?」

「うん。どうしたの」

「焼きそば、上手く作れてる?」

「ええっと、いま切った野菜を炒めてるところ」

「そうなんだ。ごめん、忙しいのに」

「別にいいよ、話すくらい、どうってことない」

「そう? それで、今年のクリスマスは、どうするのかなと思って」

「クリスマス? もうクリスマスの話?」

「もうって、もう12月よ」

「あれ、そうだっけ……」

「今日から12月。しっかりしてよね。でも、いいお店は早く予約しないといけないじゃない?」

「うん……、そうか。そうだね」

「何にも考えてなかったでしょう」

「いや、そんなことはない。もうチェックしてある店がある」

「ほんと? じゃあ、そのお店にしましょうか。シンヤくんの趣味に合わせるわ」

「うん? えっと、じゃあ、そうしようか」

「焼きそば、ちゃんと作れてるの?」

「うん。いま、麺を入れた」

「そう。じゃ、もう切るわ。そろそろ焼きそばも出来るころだし」

「ごめん。またすぐに会おう。クリスマスの前にも」

「うん」

 本当は店のチェックなんてしていなかったけど、焼きそばを食べながら調べれば、そのくらい、何とかなるだろう。クリスマスまでまだ3週間以上もあるし、余裕を持って考えられるだろう。久しぶりに明るい予定が立ったな、と思った。

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