事象の推移・5

 中は暗闇が支配していた。

 その中を、アマミヤのライトの光が、サーチライトのように伸びている。ぼくは表の窓にシャッターが閉まっていたことを思い出して、ライトくらい持って歩いていれば良かったかな、と思った。しかし、深夜に突然、使われていないビルに立ち入ることになるとは、誰も予想出来ないだろう。


 ビルの中は綺麗だった。1階は衣服のショップだった空間で、陳列棚や白いマネキンが放置されているのを見てぼくは、ようやくこの空間に入ったことがあることを思い出した。そのときはまだ店をやっていたけど。


 ぼくらは棚の間を縫うように、姿勢を低くしたまま移動した。

「何か、探してる?」

「階段です」

「それなら、もっと奥だ」

 ぼくが店の奥にある階段に案内すると、アマミヤはぼくを先に上がらせて、階段に何か細工し始めた。

「ひょっとして、トラップ?」

「ええ、即席ですが。これで一人でも戦闘不能に出来ればいいのですけど」


 トラップを仕掛け終えたあと、ぼくらはアマミヤを先頭にして、階段を上り始めた。

 道路を走っていたときより呼吸は落ち着いてきていたけど、そのせいか余計に張り詰めた緊張感を覚えていて、ぼくは心臓の辺りをずっと押さえていた。

「ちょっと、待って」

 3階から4階に上がる途中、ぼくは耐え切れなくなって、アマミヤに声を掛けた。

「これから、どうするの? ぼくは、何で銃撃されそうになったの? それに、君は何者? どうして、ドローンを落とせたり、拳銃を持って歩いたりしてるわけ?」

「いいでしょう。全てを説明出来る訳ではありませんが、幾つかの質問にはお答えします」

 アマミヤは暗闇の中でこちらを振り向いた。彼女の方が5段ほど上にいた。アマミヤはその場で階段に座り、右側の空いたスペースを、拳銃を持った手でぼくに示した。座れという意味らしい。ぼくは大人しく、彼女の横に座った。


 アマミヤはやや長い右側の髪を小さな耳に掛け、話を始めた。

「私はとある情報局の、工作員です。とある事情で、あなたの動向を見張っていました。あなたを襲撃したのは、分かりやすく言うと、私たちと敵対しているグループの人たちです。ドローンを落とせたのは、訓練を受けているからです」

「いま襲って来ているのは、一人じゃないんだね?」

「通常、数人でアタックチームを編成して襲ってきます。大概ビヘルタです。有機型であらゆる能力を限界まで引き上げているタイプと、無機型の全身兵器みたいなやつがチームを組んでいると思います」

「君も、ビヘルタなの?」

「ええ。私の場合一般的なクローンタイプですが、所々改造しています。なので有機と無機のハイブリッドと言えるかも知れません。目も録画機能付きで暗視スコープに切り替え可能ですし、反応速度も人間の限界をやや超えています。体も頑丈ですし」

「それ、法に触れてない? いや、拳銃を携帯するのも、法に触れてはいるけど」

「そんなことを言っていられる職場ではない、ということです。ともかく、私の任務はあなたの動きを見ながら、警護することなのです」

「そう……。それで、これからどうする?」

「相手は少なくて4人です。武器はこれと」アマミヤは拳銃を軽く持ち上げて、「あとはナイフとグレネードが幾つかですか」

「さっきドローンを落としたのは、グレネードだね?」

「ええ、投擲しました。距離と風を測って力をコントロールすれば、十中八九当たります」

 それでは一割か二割は外れることになるけど、ぼくはそれを黙っていた。

「ともかく、屋上に出ます。さっき仲間に連絡を入れましたから、応援が来ると思います」

「それは、よかった。あと何秒で来るの?」

「早くて十分くらいでしょう」

 ぼくは頭を抱えた。

「さっき、銃撃されたことを覚えていますか? サイレンサーの話題が出たときですが、あの時私たちは、普通に走っていましたよね?」

「まあ、そうだね」

「敵は正面にいました。なので、撃てば当たる確率は高かった」

「それは、ぼくに? 君に?」

「なのに敵は外したのです。これは私の勘ですが、敵は私たちを、このビルに誘い込みたかったのではないでしょうか」

「袋の鼠ということ?」

「いえ、勝機があるとすれば、そこです」

「つまり?」

「いま考えています」

「あそう……」

 そのとき、下から衝撃と轟音が伝わって来た。先ほどのトラップが発動したのだろう。

「立ってください。行きましょう」

 そう言ってアマミヤは立ち上がり、再度階段を上り始めた。ぼくも立って、そのあとに続く。


 斜め後ろから、アマミヤに話しかけた。

「さっき、相手は最低で4人と言ったよね? その根拠は何?」

「話すなら小声でお願いします。あの人たちは、アタックチームを編成するとき、基本的に4人で組みます。でも、分かりませんよ。さっき挟撃されたとき、正面に一人、背後に二人でしたから、3人かも知れません」

「そうか……」

 アマミヤは突然立ち止まり、「何か?」と振り返った。

「敵が4人編成で、それ以上はいないと仮定しよう。ところで、君がマークされていた可能性は?」

「あなたの周りに張り付いていましたから、敵が気付いていても不自然ではないと思います。それもまた、抑止になりますから」

「では、敵は4人編成。いま下にいるのは3人としよう。残る一人はどこに行ったのか?」

「どこに行ったんですか?」

「君の車を張ってるんだろう」

「なるほど?」

「そこで、君の自動車、遠隔操作は出来る?」

「出来ますよ。普通にアプリで行き先を打ち込めば、オートパイロットで走ってくれます。……まさか、私の車に囮になれと?」

「上手くいけば、もう一人くらいあちらに向かうかも知れない」

「やってみますけど……」

 アマミヤはそう呟きながら、階段を上り始めた。足を動かしたまま、ARを操作するジェスチャーをして、「車は発進しました。福岡方面に向かってます」と振り向いた。


 ぼくは希望的観測は苦手だった。何でも悪く考えてしまう癖があるらしい。単にネガティブと言ってしまえばそれまでだけど、ポジティブな人というのは何となく、信用出来ないような気がしている。

 それでも、いまだけは希望的観測をしない訳にいかなかった。

 気が付くと、目の前にアマミヤの背中があった。

「一歩下がって下さい。屋上への扉のようです」

 アマミヤはまたドアノブを拳銃で破壊して、その扉を開き、ぼくの方を振り返った。

「何か作戦はありますか?」

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