事象の推移・1
住所通りの場所に、シティホテルが建っていた。ぼくはそれを確認してから、一度ホテルの前を通り過ぎて裏の通りに折れた。
ナツヒコが泊まっていたのは、シティホテル長崎というそのまんまの名前のホテルで、長崎駅から少し歩いた場所に建てられていた。
それは真っ白な外壁の、10階建ての建物だった。この時代にそんなに旅行者がいるのかと思ったけど、よく見ると建築されてから数十年は経っているらしいことが分かる。横に回ると白い壁に、落とし切れていない年月を感じることが出来た。
ぼくは壁際に立ち止まって、ウェブで調べた電話番号に電話を掛けた。電話なんてものを使うのは、数年ぶりだった。
「はい。シティホテル長崎でございます」
「えっと、そちらの312号室に友人が泊まっているのですけど、繋いでいただけますか。マヤ・シンヤと言えば伝わるはずです」
「312号室でございますね。少しお待ちください」
電話番がそう言うと、すぐにヒヨコの鳴き声が聞こえ始めた。電話機を持って通話していれば耳から離しているところだけど、いまは体内の端末から直接電話しているから、それは出来なかった。音量を下げれば良いのか、と思いついたけど、その操作の方法を探ろうとしたとき、電話口から声が聞こえてくる。
「申し訳ございません。312号室のお客様は現在お出かけのようです」
「滞在は、いつまでの予定ですか?」
「申し訳ございませんが、そういった情報はお客様のプライバシィに繋がりますので、お教えすることは出来ません」
「ああ、そうか。そうですよね」
「何か言伝はございますか?」
「うーんと、もし帰ってきたら、マヤ・シンヤから連絡があったとだけ伝えて下さい」
「かしこまりました」
ぼくは礼を言って、電話を切った。ナツヒコはホテルに帰っていない。では、親類の家に行ったのだろうか。それとも……。
ぼくはもう一度ホテルの前に出て、道の反対側を見た。一車線ずつの道路を挟んだ向かいにコンビニエンスストアが一軒ある以外は、全部民家のようだった。
道のこちら側も、殆ど民家ばかりだった。ホテルから繋がっている喫茶店が右手にあり、反対側は路地を挟んで中華料理店があった。そちら側が長崎駅側だ。
ぼくはその中華料理店の前まで歩き、出入り口の上を見上げた。そこには、通りに向かっている防犯カメラがあった。ぼくは一つの可能性を思い付き、その方法を頭の中で確かめ始める。数歩歩いてホテルから繋がっている喫茶店に入り、店員にアイスコーヒーをオーダーした。
世の中には無数の防犯カメラがある。そして殆どの防犯カメラはネットに接続されていて、データをどこかのサーバーに保存したり、遠くからリアルタイムで映像を確認出来るようになっている。一般にユーザーは自分、または一部の人間だけがそれを視聴出来るようにパスワードを設定しているけど、ときたまそれをしていない防犯カメラが存在していて、それらに映された映像はネットの大海に公開されてしまっている。そして、さらにときたま、それは録画さえされている。
ぼくは、パスワード設定されていない防犯カメラをリアルタイムで見ることの出来るウェブサイトにアクセスした。世の中には物騒なサイトが存在しているものである。ぼくは1年くらい前、大学の知り合いに聞いてそのサイトを知ったのだけど、一度ざっと眺めた以来、アクセスすらしていなかった。しかしいまは、ホテル横の中華料理店のカメラがパスワード設定されていないことを期待してアクセスしていた。
普段なら、こんな賭けみたいなことはしないだろうな、と思った。
サイトの中のセレクトボックスから『JAPAN』を選択し、シティホテル長崎の住所を検索バーに打ち込むと、すぐに一帯の地図が表示される。
「あった」
思わず口に出していた。離れたテーブルを拭いていた店員が一瞬こちらに視線を向けた。ぼくは咄嗟に壁際を向いて肘をつき、顔を隠した。
選択された住所、つまりシティホテル長崎の、長崎駅側の場所にピンが刺さっていた。それを選択すると、画面にやや粗い画像が表示された。映っているものが動き、どうやら動画らしいと分かった。
見覚えのある歩道と車道だった。確かにあの中華料理店のカメラらしい。設定を確認すると、48時間録画されていると書いてあった。
約束の時間、つまり長崎駅前の爆破事件が約24時間前。ぼくとナツヒコがキサナドゥで会ったのがさらに12時間前くらいだった。
録画データにアクセスし、それを確認した。映像はちょうど48時間前から再生され始めた。左上には時刻が表示されている。
ぼくはシークバーを半分くらい動かして昨日の12時まで時間を進め、その映像をひたすら見進めた。途中店員がコーヒーを運んできたとき、再生速度を早められることに気が付いた。
1.2倍速で映像を見進めると、午後12時45分頃の映像に、見覚えのある姿勢の男が映っていた。ホテルの方から、駅の方へ歩いている。映像を巻き戻して、1倍速で再生した。紺色のジャケットに、やや巻き肩な割に伸びた背筋。
ナツヒコだった。
昨日の12時45分頃、ナツヒコは恐らくホテルを出て、駅の方向へ向かった。ここから駅まで歩いて15分程度。ナツヒコは1時の約束に、1時ちょうどに到着するように出発していたらしい。まったく、ナツヒコらしかった。
その後の映像も確認したけど、ナツヒコはそれ以来映ってはいなかった。
ブラウザを終了すると、アイスコーヒーに氷が溶けて、表面に透明の膜を作っていた。ぼくはストローを使って残ったコーヒーを一気に飲むと立ち上がり、会計を済ませるために店員を呼んだ。さっきぼくを一瞬だけ見た店員が、小走りでカウンターに向かった。
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