第24話 相性

 この公園はさほど広くないし、利用者も少ない。ちょっとした壁で仕切られ、いくつか簡易的に区分けされてはいるものの、人を探すならすぐに見つかる。

 レナとミコトは、この公園内のどこかにいるはずだ。二人と合流し、また厄介な相手に絡まれない内に帰るべく、アサヒは公園内を歩き回っていた。


「ここにもいないか。一番奥までいったのか?」


 マヒルたちを恐れるあまり、出来る限り距離を取ろうとして遠くまで行ったのかもしれない。

 一つ隣のスペースに移るだけで充分な気はするが、ミコトの性格からすると有り得る話だ。

 そうなると、いくらそれほど広くない公園といえど合流するのには若干の手間がかかる。それにより余計な時間を費やすこととなり、面倒事へと繋がるわけだ。


「────おい、何をウロウロしてやがる」


 アサヒの肩を背後からガッチリ掴み、レイジがドスの利いた声で圧迫してくる。一度別れたはずだというのに、追いかけて来たようだ。しかも今度はそう簡単に解放してくれそうにない。


「あの場に俺一人を置いていくとはどういうつもりだ? 気まずいなんてレベルじゃねぇぞ?」

「どういうつもりだと言われてもな。そんなこと、俺の知ったことじゃない。お前はマヒルの味方をして、サヨを追い返せば良かったじゃないか」

「んなことできるわけねぇだろ⁉ わかってて言ってるよな?」


 レイジがマヒルに対し何か特別な感情を抱いていることは、アサヒですら簡単に気づくほどわかりやすい。それだけ彼の想いが強いということだろう。どんな局面であろうとも、彼はマヒルを全肯定しそうだ。

 しかしそんなレイジをもってしてもあの喧嘩に援護射撃を入れることはできず、その八つ当たりのようにアサヒに絡みに来たというわけだ。


「そもそも元凶はお前なんだぞ?」

「確かに、俺が二人を引き合わせるきっかけになったという見方もできる。けど、あの二人の相性があんなに悪いだなんて思わなかったし、仕方ないだろ? サヨもマヒルも偶然出くわしただけで、俺が呼んだわけじゃないんだぞ?」

「それはそうかもしれない。だがな、その分を差し引いてもやっぱりお前が悪い」

「……どうやら俺とお前の相性も良いとは言えないみたいだな」


 アサヒはレイジから顔を合わせるたびに喧嘩を売られている。初対面の時と、今日を含めてたった二日しか会っていないというのに、もう何度吠えられたことか。


 二人が初めて出会ったのは第一層の戦場だった。アサヒはその時、隔壁の前でウロウロしていた迷惑な一般人だった。

 直前まで命懸けの戦闘を行っていたレイジからすれば、避難せず呑気に留まっていたアサヒに苛立つのは当然のこと。なのでアサヒも、噛みつかれても仕方ないと思っていた。


 しかし、しばらく日が空いた今でも態度は変わらない。それどころか悪化してきている。隙あらば因縁をつけてくるし、今にも殴りかかって来そうな剣幕で威圧してくる。


 ただの迷惑一般人にここまで粘着するとは思えない。ということは、原因は別にあるのかもしれないとアサヒは考えた。


 それこそ、根本的な相性の問題とか。規格の違うネジのように、そもそも噛み合わない二人ということもある。犬猿の仲というほどではないにせよ、近づかない方が賢明なのだろう。


「で、わざわざ追いかけて来て何の用なんだ」

「用なんかねぇよ。あそこにいるのも気まずかったから抜けて来たら、お前を見かけたってだけだ」

「だったら離してもらえるか? 俺は今忙しいんだ」

「公園に来てる奴が忙しいわけねぇだろ」

「もう帰るんだよ。お前らこそ、忙しいんじゃないのか?」

「今日は非番なんだよ。いいだろ? たまには休んだってよ。あ、一応言っとくけどな。俺たちが兵士だってこと周りの連中にあんま言うんじゃねぇぞ? この辺の施設使い辛くなるからな」

「……どういう意味だ?」


 理解できずに問いかけると、レイジはウンザリした顔で睨みつけてくる。しかしそれはアサヒに向けたものではなく、兵士を取り巻く環境そのものに向けた負の感情のようだった。


「俺たちは三層に住んでるだろ? つまり、二層に住んでる奴らよりも良い暮らしをしてるってわけだ。命張って戦うリスクに対するリターンだな。ただ生活の質が上がるだけじゃなく、色々特典もある。俺は思う存分趣味が楽しめるようになったし、マヒルは親をちゃんとした医者に預けられるようになった」

「三層に行ったことはないが、かなり良い環境だって話は聞いてる」

「実情は噂で聞くよりショボいがな。こういうのは人伝いに広まっていく内に誇張されていくモンだ。けど、文句を言うほどでもない。命を懸けるだけの価値はある。だからこそ、厄介な奴らに目をつけられることもあんだよ」


 いつもついていけないほどおかしなテンションをしているレイジだが、今は集中していないと聞き取れないほど低く小さな声で喋っている。

 背後に立つ彼の顔はアサヒには見えないが、少なくとも明るくないことだけは確かだった。


「嫉妬……ってことか?」

「ま、それに近いかもな。その辺をブラブラしてるとな、たまに言われんだよ。こんなところで油売ってる暇があったら、戦場に出てステップを狩って来いってな」


 レイジは声をわざと上擦らせ、この場にいない誰かを心の底から嘲笑うようにそう言った。


「外の世界のことを何も知らないとはいえ、無茶苦茶なことを言いやがる。俺たちは仲間の命を擦り減らしながら、ギリギリのところで防衛線維持してるってのによ。一部の奴らは、俺たちが定期的に外へ出て、勇猛果敢にステップを蹴散らしてると思い込んでるらしいぜ。どう思うよ、俺たちの無様さを直接見たお前としてはよ」

「お前たちのことを無様だなんて思ったことはない」

「どっちでもいいさ。ともかく、俺たちは命を懸けて戦う代償として良い暮らしをしている。だから常に戦場に立ち、戦場で死ななくてはならない。そう思ってる奴が無視できない数いるってことだ。兵士だからってチヤホヤしてもらえるわけじゃねぇんだぞ? わかったら、境界警備隊の友達がいるとか自慢すんなよ?」

「それは杞憂だ。俺に自慢する相手なんかいない。それに、お前もマヒルも別に友達じゃないだろ」

「はっ、それもそうだな」


 荒々しく息を吐き、レイジはアサヒを解放する。ガリガリと乱雑に頭を掻く彼は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「なんか余計なことまで言っちまった気がするが……とにかくだ。俺はお前とマヒルが仲良くしてるのが気に食わねぇんだよ!」

「これまた直球で来たな……」

「お前はそうじゃないと理解しないみたいだからな! わかったらお前はあの妹を大事にしてろ!」

「それは言われるまでもない。レナは俺にとって世界一大事な存在だからな。地球丸ごと一つと天秤にかけても釣り合わない」


 間髪入れずに即答したアサヒに、レイジは目を丸くした。それどころか、表情筋を硬直させて呆然としている。


「なんだよ。どうかしたか?」

「……いや、お前、まさかそういう系なのか?」

「そういう系ってなんだ。何が言いたいんだ」

「妹以外に興味がない……なんて言うんだったか……そういう」


 レイジが何を言いたいのかはわかったが、アサヒは何も答えなかった。自分に向けられるであろう蔑称をわざわざ自分から教えてやることはない。


「なるほどな……俺は勘違いしていたのかもしれねぇ」

「は? 勘違い?」

「ああ、お前は思ったよりも俺の脅威にはならなさそうだ。ふん、安心したぞ。それはそれでムカつくが、今は許してやることにしよう」

「……何の話だよ?」

「いいや、いいんだ。お前はマヒルに構わず、妹と末永く仲良くしろ。妹に飽きたとしても、あの闇の深そうな女にしておけ。マヒルには手を出すなよ。いいか? 絶対だぞ?」


 こうして強く念押しされ、アサヒはようやくレイジが何を危惧しているのかが理解できた。


「そういうことか……心配しなくても、マヒルを取ったりしないよ。だから、お前はお前で上手い事やれ」

「う、うるっせぇな‼ 誰もそんなこと言ってねぇだろ⁉」

「え? 言ったような……」

「言ってねぇ‼ ……あぁ、もういい! サッサと帰れ! あ、絶対マヒルには言うなよ⁉」


 浮いた話をしたり、沈んだ話をしたり、相変わらずテンションの浮き沈みが激しい男だ。結局何が言いたかったのか曖昧になってしまった。


 けれど、案外上手く付き合っていけるのかもしれない。鬱陶しいが、少なくとも悪い奴ではないというのが、アサヒが持つレイジへの印象だ。それに、レナのことを褒めてくれた男なのだから見る目だけは確かである。

 少々誤解とすれ違いがあっただけで、ひょっとしたら気が合うのかもしれない。友達を作るつもりなんてさらさらなかったアサヒだが、ちょっとぐらいは他人と親交を深めてもいいのかもしれないと、そう考えを改め始めていた。


 これはきっと温かい地下に長く浸っていた弊害というやつなのだろう。すっかりぬるま湯に慣れてしまったアサヒは────この直後に響いた轟音への反応もワンテンポ遅れた。


「なっ……なんだこの揺れ⁉ ここは二層だぞ⁉」


 幾度となくステップとの戦闘を重ねて来たレイジにはわかるはず。これがただの地震ではなく、能力によるものだということが。そしてそんなものを、二層に居る自分が感じるのはおかしいということにも。

 レイジ以上にステップと戦ってきたアサヒにはなおさらだ。アサヒには既に、一体何が起こっているのかおおよその把握ができていた。


「……トンネルを掘ってるな」


 地下にあるシェルターを襲撃したいが、上にある要塞がなかなか落とせない。ならばトンネルを掘って別の個所から襲撃すれば良い。そんなこと、子供でも思いつく簡単なアイデアだ。

 しかし、それを実現できる能力を持ったステップは限られる。もし誰でもできるのなら、ステップとノーマルの戦線はこうも膠着しなかった。

 ノーマルにとってトンネルを掘られるのは、予測出来ても対策しようのない致命的な弱点なのだから。


「クッソ、マジかよ。かなり近いじゃねぇか‼」


 壁の向こう側から、岩盤を砕く音が聞こえてくる。一秒ごとに大きくなるその音はシェルター二層全体に響き渡り、住人たちを混乱の渦に突き落とした。


 音の大きさからして、もういつ壁が突き破られてもおかしくない。今この瞬間にも公園が戦場と化すかもしれない。

 ステップといっても、全員が怪物的な強さを有しているわけではない。だが、トンネルを掘ってここまで到達した上、頑丈な外壁を破壊して中に侵入してくるようであれば、それは少なくともランクB以上の実力を持つことが予想される。


 ホワイトラインでの戦闘ならともかく、戦力の手薄な内側に入られてしまった状態でそんな強敵と戦うなど、命がいくらあっても足りない。


「おい、お前‼ ここら辺にいる民間人全員連れて逃げろ‼」


 音に怯えて硬直する人が多い中、レイジは素早く現状を把握していた。これがシェルター崩壊に直結するレベルの危機であることを誰よりも早く認識し、その危機を全力で回避するべく使える物は何でも使うべく、隣に居たアサヒに指示を出す。


「この音、間違いなく敵襲だ。ボサッとしてたら皆殺しにされる。すぐに隔壁が下りてこの区画は隔離されるはずだ。また戦場に取り残されたくなかったら今すぐ遠くへ避難するんだ!」

「────お前は、どうするんだ?」

「あぁ? んなもん、時間を稼ぐに決まってんだろ? 俺は兵士だぞ?」

「だが、武器も防具もないじゃないか。そんな状態で戦っても勝ち目は……」

「そんなことはわかってんだよ。お前に言われるまでもねぇ。だけどよ。お前らが避難するよりも先に、俺が逃げるわけにはいかねぇだろ。俺がしてるのはそういう仕事なんだ」


 一滴の冷や汗も流さず、恐怖に震えることもなく、強靭な覚悟をさも当たり前であるかのようにレイジは語る。


「わかったら、俺が死なない内にサッサと逃げてくれ。そうしたら俺だって逃げられる。無駄死にはしたくねぇんだよ」

「……わかった」


 アサヒは短く返事をして、レイジに背を向けて走り出した。


 このまま放置すれば、彼は確実に死ぬ。火を見るよりも明らかな未来だ。それでもアサヒには、彼を守る義理などない。

 優先すべきはレナを守ること。その次に考えるべきなのは、レナの担当医であるミコトを守ること。その上で余裕があれば、シェルターが存続できるように助力するのもいい。

 しかし正体を守秘しなくてはならないアサヒは、どちらにせよ、積極的に戦闘に介入するわけにはいかない。


「今さらだ。心が痛むわけでもない」


 壁が崩れ、トンネルが開通した音を背後に聞きながら、アサヒは自分の目的を達成するべく、レイジを置き去りにしてその場を離れた。

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