第14話 告げる真実
短く切り上げるつもりだった共同生活も、気づけば一年が経ってしまっていた。
この一年はアサヒのこれまでの人生の中で、最も平穏な一年であったと言える。命を狙われるわけでもなく、致命的な危機に陥るわけでもなく、ただ毎日淡々と同じ作業を繰り返すだけ。
多少襲撃を受けたり、食料や燃料が不足したり、暴風で家が崩れかかったりしたこともあったが、その程度はこれまでの生活に比べれば苦でも何でもない。
最も危惧していた、太陽の能力を狙っての襲撃は今のところ起きていない。ただの盗賊紛いの相手ならば撃退するのも容易いが、太陽の能力を狙う相手はアサヒの実力を知った上で襲って来るので、一筋縄ではいかない。
襲われても生き残れる自信はあるが、それはミナとレナの安全を全く考慮しない場合に限る。
能力をもっておらず、戦闘力が高いとはいえないミナと、まだ一歳のレナを守りながら戦うのは不可能だ。どちらか一人なら守り切れるかもしれないが、それでは恩を仇で返すどころの話ではない。
もう一年もここに留まっていたのだ。その時がいつ来てもおかしくはない。アサヒはついに覚悟を決め、自分の正体を明かすことを決めた。
「────ミナ、聞いてくれ。大事な話がある」
ミナがレナを寝かしつけたタイミングを見計らい、椅子に座るよう促す。重大な話だ。何かの片手間にするようなことでもない。
「え、何? 告白? それはちょっと無理かな。あたし、今でも死んだ旦那のことを想い続けてる一途な乙女だから……」
「いや、そんな話じゃない」
してもいない告白が失敗し、アサヒは肩透かしを食らった気分になる。せっかく決めた覚悟がぐらつきそうだ。
「なら何? 食料確保に失敗したことなら、責めるつもりはないけど?」
「それは……申し訳ないと思ってる……が、それでもない」
「だったら寝床の話かな? そろそろあたしと一緒に寝るのが恥ずかしくなってくる年頃かな?」
「その話でもない! もっと真剣な話だ!」
「おっとっと、ちょいちょい、大きい声出さないでよ。せっかくレナが寝てくれたっていうのに」
ミナはどうも、話をはぐらかそうとしている気がした。これは今回が初めてのことではない。
実際のところ、アサヒは何度も自分の正体を切り出そうとしたのだ。そして自分がここに留まることで生じるリスクについても話そうとした。だがその度に上手くかわされ、はぐらかされてきた。
「ミナ、頼む。座ってくれ」
これまではアサヒも尻込みしていたが、今回ばかりは覚悟を決めている。おどけるミナに流されることなく、低いトーンでそう伝える。
「……はぁ、あんまり聞きたくないんだけどなぁ」
これ以上は逃げられないと悟ったらしい。ミナはゆりかごで眠るレナにチラリと視線を向けた後、意を決した様子で椅子に座った。
「ミナ……これ以上、俺をここに置いておくのは止めた方がいい」
二人が机を挟んで向かい合い、互いの目を見つめ合う。この一年の付き合いで、もう相手の性格や考えていることは何となくわかるようになってきていた。
ただ目を見ているだけでも、得られる情報量は多い。それで言うと、ミナは明らかに落ち着きがなかった。
「大食いだから? 確かにそれは重大な問題だね。だけど食べた分しっかりと働いてくれるのなら……」
「そうじゃなく! 俺と一緒にいると……死ぬことになる」
追手たちはどんな手を使ってでもアサヒの能力をものにしようとしてくる。関係ない一般人がその戦闘に巻き込まれたことなどもはや数え切れない。その度にアサヒは多くの人から恨まれ、敵を増やしてきた。
それでも、アサヒは生き延びてきた。生きたいと思ったことはない。ただ漠然と死にたくないと思っていただけだ。
しかし、もう他人を踏み台にしてまで生き残りたいとは思えない。ここで彼女に追い出されて死ぬのならそれでもいい。
人が犠牲になるのに慣れてしまった。そんな自分に辟易する。せめて自分を救ってくれた人ぐらいは巻き込まないようにしなければ、もはや何のために生きているのかもわからない。
「死ぬことに……ねぇ。死にそうになることなんて珍しくもない」
ミナは天井を見つめながら、そう呟く。普段は明るい彼女だが、この時ばかりはまるで別人のように物憂げな表情をしていた。
「聞いてくれ。ミナ、俺は……」
「そっか、やっぱあんた噂に聞くアレか。太陽を作れるっていう」
アサヒの言葉に割り込むように、ミナはアッサリとそう口にした。それはあまりにも唐突で、あっけなく、淡々とした一言だった。
「────気づいていたのか⁉」
この一年、自分の正体を明かさずに過ごしてきたことについて、抱えきれないほどに膨れ上がったこの罪悪感は一体なんだったのか。ミナはそんなこと、とっくの昔に把握していたと言うのだから、驚くに決まっている。
「何となくはね。確信はなかったし、確かめるつもりもなかったけど。ああ、そうなんだ。厄介者は厄介者でも、特上の厄介者だったんだね」
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないんだ。あれから一年も経ってる。俺のことを諦めるとは思えないし、そろそろここに辿り着くはずだ。今この瞬間にだって襲撃があるかもしれない。だから……」
「そんなのはどっちにしたって同じことなんだよ。あんたを追い出しても、追い出さなくても、あたしらの命はそう長くない」
ミナの口から零れ出るのは、酷く冷たい言葉の羅列。聞きたくもないし、話したくもなかったはずの事実。だから彼女は、これまでずっと話し合いを避けて来た。
「……それは、どういう意味だ……?」
言葉の意味自体はすぐにピンときた。それでも、確認するしかない。どういう意味かわからないふりをするしかない。
「あたしらステップの寿命はそう長くないだろ? 長く生きても、四十そこそこで死ぬ。三十超えたら充分長生きだ」
「で、でも、ミナはまだ十八だろ? 寿命を気にするような歳じゃ……」
「そうでもないよ。あたしはステップとしては不良品だからね。まあ、言っちゃえばステップ自体が人間の不良品みたいなところはあるけど、あたしはその中でも出来が悪くてさ」
「出来……? 能力を持ってないってことか? それならむしろ逆だろ。能力を持ってる奴の方が寿命は短いって聞くし……」
「いやいや、そうじゃない。能力は関係ないよ。問題なのは中身の方でね」
ミナは右手を自分の腹部に持ってきて、軽く擦る。
「あたし、体力はステップの標準レベルだけど、内臓器官がノーマル並みの性能らしくてさ。ちょっと動くだけでボロボロになっちまうんだよ。血を吐くことも日常茶飯事で……あんたが来てからはだいぶ減ったけど」
「血を……⁉」
そんなこと、全く気が付かなかった。一度たりとも、ミナが苦しんでいる姿なんて見たことがない。同じ家に一年も住んでいながら、ミナは一回もアサヒに弱味を見せていなかったのだ。
「二十歳まで持たないって言われてるから、そんなに先は長くないよ。いつ死んだっておかしくはない。レナだってそうだ」
「レナも……?」
「あの子、病気なんだってさ。医者が言ってたよ。母体が長くとも二十歳で死ぬぐらい不健康なんだから、産まれてくる子供が健康なわけないってこと。五歳まで生きられるかどうかってところらしい」
「五歳……」
そう呟いてみても、実感が湧かない。十一歳のアサヒからしても、それはあまりにも短すぎる寿命だった。
「ステップの医者とはいえ、医者は医者だ。ある程度信頼できると思う」
「……そうだ。じゃあ、ノーマルの医者に診せるのはどうだ? それなら治る見込みもあるんじゃないのか?」
「そうかもしれないけど、ステップを診てくれるノーマルなんかどこにもいるわけないだろう?」
「それは……」
ステップとノーマルの対立は根深い。それは過去の恨みというより、個人の実力差によるものが大きい。
ノーマルからしてみれば、生身で戦車を破壊したり、要塞に穴を開けたりする人間と共存などできないというわけだ。
ステップ側がどれだけ歩み寄っても、どれだけ譲歩しても無意味だろう。同じ人間だと思ってもらえることはない。実力差というのは、相手に恐怖を与える最も効率的な手段だからだ。
人間は強い相手を本能的に恐れる。関係を深めたいのなら力を拮抗させることは絶対条件であり、ノーマルとステップの間でそんなことは不可能だ。
「ま、そういうわけでね。あんたを預かってやれるのもそう長くないんだわ。あんたはあたしらに迷惑をかけると思ってるのかもしれないけど、あたしらとしちゃ、ここであんたにいなくなられる方が困るんだよ」
「俺が居ても居なくても、死期に大差はない。だけど、俺が居なくなれば労働力が減って困る。そういうことだな……?」
「そういうこと。あんま気持ちのいい話じゃないから、直前まで黙っとこうかと思ってたんだけどね」
アサヒは歯を食いしばって俯く。ミナは微笑みを浮かべていたが、そんな穏やかに聞いていられる話ではなかった。
自分は強いと思っていた。六歳の時に故郷を失い、四年もの間昼夜問わず襲撃を受け続け、一秒たりとも心休まる時がなかった。それでも生き残って来たのだ。その気になれば何でもできるような気がしていた。
しかし、肝心な時にその力は役に立たない。アサヒ自身を含め、全員が勘違いしていたことだ。彼の能力では、太陽の代わりなど務まらない。所詮はちょっと温かいだけの光だ。気休め程度の効果しかない。
誰かを救うことなどできないし、もちろんこの世界だって救えない。できることと言えば人間を灰すら残さず焼き尽くすことぐらいで、その程度なら他のステップでもできる。
命を懸けて奪う価値も、守る価値もない能力だ。それを思い知った。自分は強くも何ともない。ただちょっと珍しい能力を持っていただけのただの子供だったのだ。
「だから、出て行くなんて言わないでさ。あたしらが死ぬまでここに居てよ。行く当てがあるわけじゃないんだろ?」
「…………」
素直にショックだった。恩人であるミナがここまで追いつめられていたことに、全く気が付かなかったこともそうだが、自分には何もできないという無力感が、アサヒの心に深い傷を負わせた。
「まあ、あたしが死ぬこと自体はいいんだけど、レナより先に死んじまったら、レナが可哀想だろ? まだ一人でご飯を食べることもできない歳だ。だから、その時はあんたに世話を頼みたい」
「……わかった。俺が責任を持って面倒見るよ」
ここを出て行くと伝えるつもりが、全く真逆の約束をしてしまった。それも仕方ない。ここまで言われて、ミナの頼みを断れるわけがない。
彼女の願いを聞くことこそが、恩返しになる。だが、アサヒの心には後味の悪い感触が引っかかり、ありがとうというミナの言葉も響くことはなかった。
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