第2話 約束していた異世界に転生

「寒いっ!」


 目を覚ますと真っ暗闇の中に俺はいた。

 おまけに服は着ていないようで寒い。たぶん全裸なんじゃないか。


 一つ二つと呼吸をして落ち着きを取り戻す。徐々に頭がハッキリして来た。

 自室でおっちゃんの遺品のダンボール箱を開けたら、短剣と魔法陣が描かれた布が出て来て、魔法陣が点滅しだしたんだ。

 慌てて外へ逃げ出し、公園で発泡酒を飲んで落ち着き、家へ帰ろうとしたところで事故にあった。


 じゃあ、ここは? 病院の手術室か?

 体に痛みは感じない。かといって麻酔がかけられている訳でも無さそうだ。動けそうな気がする。


 手をついてゆっくりと体を起こしてみる。

 大丈夫だ、何ともない。痛みもないし体も動く。


 暗闇に目が慣れて来たのか、うっすらと周りが見える。右斜め上の方から光が漏れていて、その手前には階段がある。

 とはいえ足元は暗くて何も見えない。手探りで慎重に、階段上の光を目指して進もう。


 手に何か硬い物が当たった。何だろう?

 両手を広く動かすと手にあたった物体を掴めた。何か棒のような物らしい。手の感触からすると金属製だ。


 そうだ! この棒を持って左右に振って辺りを探りながら進もう。

 慎重に暗い中を四つん這いで進む。気になるのが、どうもさっきから床の感触がおかしい。タイル張りやコンクリートの床で無く、ゴツゴツした石の様な感触だ。


 階段にたどり着いた。落ちないように階段も四つん這いでゆっくりと進む。階段の上の光が徐々に近づいて来る。

 何とか階段の上にたどり着きホッとした。

 光が漏れていた所には、木製の蓋があった。

 蓋をゆっくりと上に押し上げると、まぶしい光が目に入った。


 目を細め少しずつ明るさに目を慣らす。

 草の匂いがする。屋外なのだろうか?


 光に慣れた目で辺りを見ると、どうやら俺がいる所は廃屋だ。それもかなり大きなお屋敷だと思う。所々壁が崩れてしまっているが、扉や天井には立派な飾り付けが彫られていて、ここでお金持ちが生活していた名残を感じる。


 そして俺は案の定と言うか……、全裸だった。


(一体どうなってるんだろうね……)


 振り返ってみると俺が登って来た階段は石造りで、その先は地下室になっていた。

 そして地下室の石の床を見て、俺は戦慄した。


 床には、赤い塗料で魔法陣が描かれていた。おっちゃんの遺品の黒い布に描いてあったのと似た魔法陣だ。


(おいおい。止めてくれよ! またあの魔法陣かよ!)


 両手をギュッと握る。握ると右手に先ほど拾った棒状の何かがあることに気が付いた。右手を持ち上げ俺は愕然とした。

 俺が握っていたのは、おっちゃんの遺品の短剣だった。


(なんでだよ……)


 俺は、その場にへたり込んだ。



 ――一時間後。

 俺はまだ混乱しているが、とにかく動き出すことにして、廃屋の中を家探ししている。


 するとすぐに粗末な服を見つけた。茶色の粗末なズボンとすり切れた半そでのシャツで、かなり古い。しかも、かび臭い。

 粗末なズボンはウエストの所で紐を結ぶタイプで、ところどころすり切れていてかなりボロイ。

 だが全裸でいるよりはマシだ。我慢して粗末なズボンをはく。

 シャツは、目の粗い布を縫い合わせただけの粗雑な造り。あまりのデザインの悪さに着るのを躊躇われたが、全裸よりはマシと言い聞かせて無理やり頭から突っ込んだ。


 裸足で廃屋の中をうろつく。

 かなり大きな館だが、めぼしい物は見当たらない。食べ物も、金目の物も、服もない。


 郊外の廃ホテルとかだろうか?

 だとしたら、なぜ俺はそんな所に?


 いや、違う!

 それでは、あの魔法陣の説明がつかない。ここは、おっちゃんにゆかりのある土地に違いない。


 そんなことを考えながら家探しを続けると、暖炉のある大きな部屋に出た。

 窓は割れて壁にも穴が開いている。家具はなく、暖炉に薪もない。


 だが壁際に一枚の絵が立てかけられていた。


(これは……、おっちゃん!?)


 その絵は家族五人、祖父、祖母、父、母と小さな娘が描かれていた。五人とも映画に出て来る貴族のような立派な服を着ていて、ヨーロッパ人っぽい顔立ちだ。

 絵に描かれた祖父らしき男の顔は、おっちゃんに似ている。正確には、おっちゃんを若返らせた顔だ。


(そういえば、おっちゃんは日本人にしては彫が深かったもんな。しかし、おっちゃんと同一人物にしては、雰囲気が違うな……)


 何よりもその絵の人物からは、誇りと威厳、そして自信が感じられた

 コンビニでカップ酒を買って悪態をつくような人間には、到底見えない。


(本当にこれ、おっちゃんかな?)


 立てかけられた絵をじっと観察して、俺は確信した。これはおっちゃんだ。

 なぜなら絵の背景には、俺が受け取った短剣に刻まれていた獅子の紋章が描かれている。

 絵に描かれている女性は、きっとおっちゃんの奥さんと娘さんなんだろう。


(じゃあ、この母親がクリスティナさんかな?)


 たぶん、そうなのだろう。

 そしてこの絵が残っていると言うことは、ここはおっちゃんの屋敷だったのかもしれない。

 生前のおっちゃんの言葉を思い出した。


『俺は異世界で貴族だったんだ。だが、政略に負けて殺されそうになった。それでこの世界に逃げて来たんだ』


 ああ、そうか。

 おっちゃんが政争に負けて逃げたから、この家は放棄されボロボロになったのか……。


 そんなことを考えながら、俺は一つのことに気が付いた。俺自身がここを異世界だと受け入れ始めている。

 公園でおっちゃんから異世界話を聞いた時は、酔っ払いのヨタ話とまったく信じていなかった。


 だが、今は……。

 ここが異世界だと考えれば全ての辻褄が合うし、異世界でなく日本だと考えれば辻褄が合わなくなる。


(魔法陣が起動して、俺とこの短剣が異世界に移動させられたと考えるのが妥当か……)


 おっちゃんは、『異世界から来た。異世界はゲームのような世界、いやゲームが俺のいた世界を真似たんだ』と言っていたな。


 ゲームか……、突飛な考えかもしれないが……。


(ステータス画面とか表示されるのか?)


 そんなことを考えた瞬間に、俺の目の前にノートパソコンの画面のような物が現れた。

 思わず声に出してしまう。


「なんだ!? こりゃ!?」


 それはまさに、ゲームのステータス画面その物だった。画面を叩いてみようとしたが、手が突き抜けてしまった。

 見えているのにそこに存在していないのか? まるでAR、拡張現実みたいだ。



【 名 前 】 未設定

【 年 齢 】 18才

【 種 族 】 人族

【 性 別 】 男性


【 L V 】 1

【 H P 】 D

【 M P 】 E

【 能 力 】 S


【 スキル 】 

 鑑定LV1

 収納LV1


【 装 備 】 使用人の服

【 称 号 】 生まれ変わりし者

【 加 護 】 賢者の加護



 幸いなことに日本語で表記されている。

 じっくり見ると色々と気になることがあるが、ヘルプ機能はないみたいだ。さっきから画面を触ろうとしたが触れない。ヘルプとか、質問とか、アシストとか、声に出してみるが何も起きない。


(LVは1、それで称号が『生まれ変わりし者』ってことは、俺はあの事故で死んだのか?)


 そう考えるのが妥当な気がする。

 名前が未設定と言うのは、生まれ変わったからだろう。まだ名前が付いてない状態と考えよう。


 HPはD、MPはE、能力はS。

 基本的にはハイスペックだけれど、まだLVが1だからHPやMPが低いのかな?

 いや、そもそも最低はEなのか? FやGもあるのか?


 それからスキルは『鑑定LV1』と『収納LV1』。

 スキルはどうやって使うのだろう?


(鑑定!)


 壁に立てかけられたおっちゃん家族が描かれた絵を見ながら『鑑定』と念じてみた。

 すると視界の中に沢山の吹き出しが現れた。

 いや、正確には俺の視界の中に吹き出しが沢山表示されたのだ。ステータス画面と同じで吹き出しには触ることが出来ない。


 吹き出しの中には、『壁』だの、『暖炉』だの情報が表示されている。

 絵の所の吹き出しには、『グレアム伯爵家の家族の肖像画』と表示がある。

 おっちゃんは、グレアム伯爵様だったのか!


 鑑定スキルの使い方はわかった。じゃあ、次は収納スキルを試したい。


(収納!)


 収納と念じると目の前に透明なティッシュペーパー位の箱が現れた。

 どうするんだ? ここに物を入れるのか?


 右手に持っていたおっちゃんの遺品の短剣を、恐る恐る透明な箱に入れてみる。


(入った! ここでもう一回、収納! かな?)


 透明な箱が消えた。

『収納』と念じることで、透明な箱を出し入れ出来るらしい。

 とりあえず、おっちゃんの遺品の短剣は、透明な箱に入れておこう。失くしたり、壊したりするのが怖いからな。


 最後に加護が『賢者の加護』か。

 何だろうね、これ?


(ふふ。おっちゃんが賢者だったりして……。死んでも俺を守ってくれていたりしてな……)


 そんな風に考えていたら、涙が出て来た。


 俺は孤独なおっちゃんと話してやっているつもりでいた。

 ちょっとしたボランティア感覚で、おっちゃんを助けてやっているつもりでいた。


 今考えてみると、孤独から救われていたのは俺の方なのかもしれない。


 いつものようにコンビニに行って、いつものように同じパンや同じ総菜を買って家に帰るだけ。そんな毎日だった。

 おっちゃんと公園で酒を飲みながら話すようになってから、前よりも心が穏やかになった気がした。

 おっちゃんは、俺の友達だったんだ。


 肖像画に描かれたおっちゃんと目が合った。

 おっちゃんの最後の望みは、遺品を娘かお孫さんに届けることだ。あの短剣はきっと大切な物なのだろう。


 そしておっちゃんが詫びていたこと、娘さんとお孫さんを愛していたことを伝えなきゃならない。


「約束は果たすよ。おっちゃん!」


 男同士の約束、友達との約束は、守らなきゃならない。

 この約束の異世界で、俺は必ず約束を果たす!

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