第3話 スキルを活用してみた

 俺は廃屋の調査を終えて、外に出てみることにした。

 玄関――で、あったであろう所から、車が一台通れる位の道が延びている。


 石畳の歩きやすい道だ。石と石の隙間から雑草が生えているから、この道は長らく誰にも使われていないのだろう。

 どうやらこの館は森の中にあるようで、周りには家が一軒もない。


 十分程歩くと背の高い鉄の柵が見えて来た。ここの敷地を囲っているのだろうか、柵は左右にずっと続いている。


 柵の切れ目と門柱らしき物が見える。あそこがこの敷地の門だった所かな?

 門らしき所から敷地の外に出ようとすると、門柱の脇に立っていた男に誰何された。


「貴様! ここは立ち入り禁止だ!」


 その男の服装は中世の兵士と言った感じで、長い槍を右手に持っている。

 ここの警備の人間かな? 廃屋に警備と言うのも妙だが……。

 何にしろあまり下手なことを言わない方が良い。問答をしないで、早くここから離れた方が良さそうだ。


 俺は頭をペコペコ下げながら、大声で兵士に謝った。


「いや~! すいません! 迷ってしまいました! 町はどっちですかね?」


「え……。あー、町はこの道の先だ」


「どうもご親切にありがとうございます!」


 俺の勢いに押されたのか、兵士は町の方角を教えてくれた。

 俺は礼を述べると小走りに立ち去った。


「あー、おい! いや、まあ、良いか……」


 背中の方で兵士が何かブツクサ言っていたが、相手にしない方が良い。

 俺は今置かれている状況が良くわかっていない。何か言えば不味い状況に陥る可能性もある。


 ここは異世界の何という国で、何と言う町の近くなのか?

 良いことは何で、悪いことは何なのか?

 そういう基本的なことから情報を集めなくちゃならない。


 それにおっちゃんは、政争で負けたと言っていた。おっちゃんに政争で勝ったヤツ、おっちゃんの敵だった人間がこの国を支配していることだってあり得る。

 下手におっちゃんとの繋がり、グレアム伯爵家の娘と孫を探していることを話せば、何をされるかわからない。


 行動には注意が必要だ。しばらくは目立たないように過ごそう。


(ここまで来れば大丈夫かな?)


 振り向くと兵士は見えなくなった。


 町への道は舗装されていない土の道だ。石ころや木くずも落ちている。裸足で歩いているので足の裏が痛いし、歩くスピードが上がらない。


(やれやれ靴が欲しいな)


 町に着いたら靴を買おうと考えたところで、気が付いた。

 しまった! 俺は金を持ってない!

 おっちゃんの娘クリスティナさんを探すにしても活動資金が必要だ。


 いや、その前に!

 靴を買ったり、もう少しマシな服を買ったりする生活資金も要るじゃないか!


(金をどうやって稼ぐかな……)


 急に心細くなって来た。

 足も痛いしトボトボと下を向いて土の道を歩いた。


(そうだ! 何か落ちていないか? コインか何か落ちているかもしれない!)


 俺は歩きながら鑑定スキルを連発した。目の前の吹き出しには視界に入った物の情報が次々に表示される。

 だが、鑑定結果の吹き出しに表示されるのは、『木』だの『石』だの価値のない物ばかりだ。


 首を振って辺りをキョロキョロ見回しながら鑑定スキルを連発する。

 何かないか? 何か金になる物はないか?

 俺は必死で、藁にも縋る思いで、『鑑定』と唱え続けた。


 すると一つの吹き出しに目が留まった。



【薬草】



(おおっ! 薬草! これ町で売れるんじゃないか?)


 俺は薬草と表示されている吹き出しの近くに駆け寄った。薬草は小さな黄色い花を咲かせた月見草のような草だった。


(何か……、掘り出す物……、おっちゃんの遺品の短剣は……、汚すとまずいよな……)


 辺りを見回すと木の枝が落ちていた。薬草を掘り出すのに使えそうだ。枝を拾い上げ、薬草の周りの土を丁寧に掻き出す。

 薬草のどの部分が使えるのかわからない。花なのか? 葉なのか? それとも根なのか?

 とりあえず根から丸ごと持って行こう。根を切らないように丁寧に土から堀り出した。


(よし! 薬草ゲット! これをスキル収納でさっきの透明の箱に入れよう。収納!)


 透明な箱が目の前に現れた。箱の中にはおっちゃんの遺品の短剣が入っている。

 しかし困ったことに、透明な箱に薬草を入れようとするが入らない。


 一つの物しか入らないのだろうか?

 それとも一種類の物しか入らないのか?


(まあ良いや。薬草はそんな重たい物じゃない。手で持って行こう)


 それにおっちゃんの遺品の短剣は、いかにも高価で目立ち過ぎる。今の俺のボロイ服装とは不釣り合いだ。それこそ盗んで来たと勘違いされるかもしれない。

 家紋も入っているし、なるたけ人に見せない方が良いだろう。うん、おっちゃんの遺品の短剣は、スキル収納に入れっ放しにしておこう。


(他にもっと薬草はないかな?)


 あたりを見回しスキル鑑定を連発すると道から外れた藪の中に薬草を見つけた。

 それも二株だ!

 同じように丁寧に土を掘り起こして、根ごと薬草を採取する。これで薬草が三株!


(何とかなりそうな気がして来た。町までずっと鑑定をして行こう!)


 こうして俺は両手で抱える程の薬草を手に入れた。全部で五十株ある。

 他に価値のある物は鑑定に引っかからなかったが、これだけあればいくらかの金になるだろう。

 仮に薬草一株が百円くらいで売れれば、全部で五千円になる。五千円あれば食事代になるし、安い靴なら買えるかもしれない。


(あれ? でも、この世界の貨幣価値ってどれ位なんだろう? 五千円で食事が出来るのか?)


 お金についてあれこれ考えたが、これは町の中で値段を聞くしかない。そもそも通貨単位も円じゃないだろう。



 やがて、町の入り口に着いた。

 町は石造りの城壁にぐるりと囲まれていている。いわゆる城塞都市だな。


 町の門では兵士が町に入る人間をチェックしているようだ。

 まずいな……、身分証も何も持ってない。だが、町に入らなくちゃ薬草が売れない。とにかく町に入らなくては。


 門の前の順番待ちの列に並ぶ。

 どうするか……。ここは堂々としているしかないな。

 キョロキョロしたら絶対怪しまれる。


 俺の順番が近づいて来た。

 どうやら兵士は怪しそうな人間だけを呼び止めてチェックしているらしい。

 町の住人らしき人間は、兵士とにこやかに挨拶を交わしてノーチェックで門の中に入っていく。


 俺の前は、地元民っぽいおばさんが歩いている。

 このおばさんの息子っぽい感じで、門を通り抜けるか……。


 おばさんとの距離を近づけて門番兵士の横を通る。

 おばさんが兵士にあいさつしたので、俺も好青年のフリをして笑顔で挨拶をする。


「どうも~!」


「おう! 薬草がいっぱいだな!」


「ええ! どうも~!」


 俺は門番兵士の横を通り抜けると、早足で門から遠ざかり町の中に入った。


(やった! 門を通れた!)


 何とかなった!

 ホッとして辺りを見回すと、まさにそこは異世界の風景が広がっていた。

 ゲームっぽい中世ヨーロッパ風異世界だ。


 通りは石畳で馬車が行き交い、馬車を引く馬の額には角が生えている。

 建物は二階建てか三階建てで、赤いレンガ造りや木造だ。通りの前の建物は何かの店なのだろう。俺の読めない異世界の文字で看板が書かれている。


 道行く人の髪の色はカラフルで、金髪、銀髪、赤髪、黒髪、青や緑の髪の人もいる。

 背の低いずんぐりむっくりした毛むくじゃらの男が、大きなハンマーを担いで歩いている。鑑定をしてみると『ドワーフ』と表示された。


 どうやら人間以外の種族もいるようだ。


 しばらく立ち止まって町の様子を眺めていると声が掛かった。


「お兄さん、随分沢山の薬草だね!」


 眼鏡をかけた真面目そうな女性だ。

 黒のウールっぽいズボンに、黒革のロングブーツ。白い綺麗なシャツの上から濃い緑色のジャケットを羽織っている。

 髪の毛はジャケットと同じ緑色で、長い髪をアップにしてまとめている。


 俺はそっと心の中で鑑定スキルを発動した。


(鑑定……)



【エルフ】



 おおっ! 鑑定結果はエルフですか! この女性はエルフなんだ!

 そういえば耳が横に長くて尖っている。いるんだなエルフ。

 眼鏡に気を取られていたけれど、良く見ると色白の美人さんだ。


 俺は笑顔でエルフのお姉さんに答えた。


「ええ、沢山採れました。全部で五十株あります!」


「へえ! それは凄いね! ポーションの材料が品切れしなくて助かるよ!」


 ポーション?

 ゲームなんかだとHPや体力の回復薬だな。同じような物かな?


 それより大ことなのは、『ポーションの材料が品切れしなくて助かる』と言ったことだ。このエルフのお姉さんは薬草を必要とする人だな。

 ちょっと教えて貰えないかな?


「俺はこの町が初めてなんだ。薬草はどこで売れば良いかな?」


「そりゃ冒険者ギルドだよ。この通りの先にあるよ」


「わかった! ありがとう!」


「じゃあ、またね!」


 あっさり教えて貰えた。もの凄いフレンドリーな感じだったな。

 それに俺が女の人と話すのは、かなり久しぶりだったよな。女の人と話すとこんなに気持ちがウキウキする物だったんだ。


 薬草を抱えてエルフのお姉さんが教えてくれた方へ通りを進む。

 どこが冒険者ギルドかわからないので、歩きながら鑑定スキルを連発する。


 何故かは知らないが、やたら女性に話しかけられる。

 おばちゃん、若い女性、小さい女の子、おばあちゃんにまで話しかけられた。


 薬草を抱えているのがそんなに珍しいのかな?


 声をかけられたら立ち止まって少し世間話をして情報収集し、ボロが出ないうちに笑顔で立ち去る。

 そして又スキル鑑定を連発しながら歩く。


 しばらく通りを歩くと目当てを見つけた


【冒険者ギルド】


 あった! ここだ! 冒険者ギルドだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る