会議

 その会議室には四人の男がいた。いずれも険しい面相で、テーブルを囲んだまま黙りこくっていた。閉じきられたブラインドの向こうからは微かに雨音が聞こえるが、誰もそれに耳を傾けてはいなかった。

 彼らは三好組の最高幹部たちだった。三好組組長の三好昭、若頭の井口たける、本部長の安藤俊夫、そして舎弟頭の辰巳清春。つまり三好組執行部――三好組の指針を決定する最高司令部ヘッドクォーターだ。

 三好組本部ビルに詰めていた彼らが〈バタフライ〉襲撃の報を受けてからまだ一時間と経っていなかった。夜があけるにはまだだいぶ時間があった。

 三好は苛立たしげにふかしていたラークを灰皿に押し付けて揉み消した。それから唸るように井口に言った。いったい全体こりゃどういうことだ。

 角刈り頭の井口は目を伏せて言った。申し訳ありません組長オヤジ

 三好は舌打ちした。それから言った。詫びて済む話じゃねえんだよ。こりゃいったい全体どういうことだと聞いてんだ。そう言いながら三好は太い指を井口に突きつけた。

 申し訳ありませんと井口はもう一度言い深々と頭を下げた。全て俺の不始末です。

 特注のピンストライプのスーツに包まれた井口の筋肉質の巨体がこのときばかりはしぼんで見えた。

 三好はフンと低い鼻をならした。それからエリートビジネスマンめいた外見の安藤を見て言った。それで始末はどうした。

 小村の死体オロクに任せました。店内の傷や汚れは軽微ですからすぐに復旧できます。警察は今のところ何の動きも見せてません。恐らくまだ気づいてないんでしょう。銃声は外に漏れなかったようですね。

 安藤は淡々と言い終えるとワイヤフレームの眼鏡を直した。

 三好は声を低めて言った。それで先方の使いはどうなった。

 安藤は言った。大事ありません。すでに街を離れました。明日には出国するでしょう。

 三好はため息をついた。不幸中の幸いってやつかな。

 安藤は無言でうなずいた。その顔は妙に血の気が引いて白かった。

 そこで辰巳が呻くように言った。それにしても厄介なことになりやがった。

 四人はそこでまたため息をついた。鉛のような沈黙が降りてきた。

 雨音だけが静かに響いていた。

 三好はつるりと禿げた頭ににじむ脂汗をハンカチでぬぐった。暖房のせいでないことは明らかだった。

 とにかくだ、と三好は言った。こいつは厄介な話だ。辰巳の言うようにな。とにかく一刻も早く強盗を探しだしてヤクと金を取り返さにゃならん。それも、警察サツに気取られねえようにな。

 三人は無言でうなずいた。

 とにかくすぐに情報ネタを集めさせます、と井口が言った。金はともかく、あれだけの覚醒剤シャブを捌くには伝手が必要です。相応の伝手が。強盗どもはどっかの組織を頼るはずです、必ず。そういうのは必ず噂になる。そこを掴めばあとは追い込むだけだ。

 しかし若頭、と安藤が言った。悠長にやっていたんでは手遅れになるかもしれません。もし強盗がどこかの組織と繋がってるのだとしたら、もうすでにブツを受け渡してしまったかもしれない。そうなったら手も足も出ませんよ。

 けど大がかりに人を動かすわけにゃいかねえだろが。警察サツに感づかれたら元も子もねえ。

 そうは言いますが若頭、ブツの奪還に失敗したら大損失ですよ。何せ十億の値打ちがある。うちの大事な資金源シノギなんですよ。それがもし取り返せなかったら――

 そんなことは言われなくてもわかってる。

 井口は吐き捨てるように言った。安藤はひるまなかった。

 それに、強盗がどうやって取引の情報をつかんだのかが気になります。極秘のはずなのにバレてたんですよ。明らかに情報漏れ――


 じゃかあしい! 


 井口はでかい拳でテーブルをぶっ叩いた。

 激しい音だった。

 灰皿が跳ね上がってから再び落ちてきてテーブルにぶつかり、固い音を立てた。

 井口は安藤をにらんだ。凄まじい目付きだった。安藤も同じくらい激しい目付きで井口をにらみ返した。

 再び沈黙が降りてきた。硬質で、いつ弾け飛んでもおかしくない類いの沈黙だった。

 まあ落ち着こうじゃねえかおふたりさんと辰巳が言った。こんなときに身内同士で喧嘩したって何ともならねえよ。

 刀傷の残るごま塩頭に狷介な顔つきの辰巳の声と態度にはいかにも年経た極道の凄味があった。

 そうは言ってもね叔父貴。

 井口は言いかけたが三好にじろりと睨まれ黙り込んだ。

 三好はしわがれたダミ声で言った。

 辰巳の言う通りだ。とにかく今は無駄な喧嘩をしてる場合じゃねえ。大事な売り物が奪われた上に身内を殺られたんだからな。

 三人はうっそりとうなずいた。

 しばらくして三好が言った。とにかく一刻も早く覚醒剤シャブを取り返さにゃならん。でなけりゃに示しがつかん。

 井口が言った。下手すりゃ香港ルートを失いかねませんからな。

 ああそうだ。そうなったら上納金が払えねえどころの話じゃねえ。組の存続にすら関わる話だ。とにかく昨今は何につけても金がくそみたいにかかるからな。

 三好はそこで声を低くした。

 ところで安藤よ、お前今回のことをどう思う。

 どう思うとは。

 さっきおめえ言ってただろ。もし強盗がどっかの組織とつながってたら、って話だ。

 安藤は片眉をひくつかせた。ひょっとして、裏で画を描いた人間がいるとお考えですか組長。

 三好はゆっくりとうなずいた。

 井口が言った。待ってください組長オヤジ。目下何も分かってねえんですよ。それだってのにそこまで先走るって言うのは。

 バカ野郎が、と三好が吐き捨てるように言った。プンプン臭うだろうが、くそったれの臭いがよう。てめえ何年極道やってんだ。ヒョッコじゃねえんだぞ。たるんでんじゃねえのか。

 すんません組長オヤジ、精進し直しやす。

 ……まあいい。安藤、俺たちに喧嘩売ってきそうなバカってえとどこがある。

 安藤が言った。

 候補はそれなりにありますが、いちばん怪しいのは妹尾せのお組ですね。あそこはここら一帯じゃうちに次いで大きな勢力があります。それに度々うちのシマやシノギにちょっかいかけてますしね。

 妹尾か。あそこなら何かやってきそうだな。

 しかしあそこは組長が病気で臥せって以来組織ががたついてるはずですが。

 んなもん関係ねえ。あそこのバカタレどもはどんなトチ狂ったことでもやらかすぞ。何せがあれじゃあな。

 三好は吐き捨てるように言った。

 まあ兄貴そんなに結論を急ぐ必要はねえと思いますよ、と辰巳が言った。もうちょっと調べてみましょうや。それに若頭の言う通り、ヘタに動きゃ警察サツの旦那方を刺激する、そうなったらそれこそえらいことになりますぜ。

 三好はフンと鼻を鳴らした。

 そこで井口が言った。とにかくそのあたりは組の総力を上げて調べます組長オヤジ

 安藤が言った。諸々の手配もすでに進めています。時間はさほどかからないはずです。

 三好はうなずいた。

 よしわかった。つまり俺たちのやるべきことはこうだ。一刻も早く強盗どもを捕まえて覚醒剤シャブを取り戻す。そんで強盗どもを締め上げて諸々白状させる。そしてその後は――

 最後のセリフは低い唸り声のようだった。

 血に飢えたけだもののような。

 執行三役は声もなく頷いた。


 *****


 話を終えた三好は俺はもう休むと言い残して部屋を出た。

 会議室に残った三人はタバコを吸いながら今後のことについて協議した。覚醒剤シャブの奪還も重要だったが、それにも増して大事なのは〈バタフライ〉の襲撃をいかにして揉み消すかということだった。とにかく覚醒剤シャブの取引について警察サツに気づかれるわけにはいかなかった。

 そのとき井口が言った。そもそも強盗はどうやって取引の情報ネタを掴んだんだ? 

 安藤が顔を上げた。そりゃ、どこかから情報が漏れたんでしょう。

 井口は言った。

 それがおかしいと言ってんだ。覚醒剤シャブの取引はこれまで散々やってきただろ。それでもこれまで警察サツに嗅ぎつけられたことはただの一度だってありゃしねえ。それだけしっかりと秘密が守られてたってことだ。それはお前だってわかってんだろ。――それだってのに、どこの馬の骨だか知らねえが、くそ強盗はどうして情報ネタを割ることができたんだ?

 沈黙。

 安藤が低い声で言った。スパイですか。

 井口は頷いた。断言はできねえがな。

 辰巳が言った。おいそいつぁ穏やかな話じゃねえな若頭。取引について知ってる奴は組の中でもごく限られているんだぜ。つまりは俺たちも含めた幹部連中ってことだ。その中にスパイがいるっていうのかね。

 井口は言った。そのあたりも含めて調べるってことです叔父貴。とにかく分からねえことが多すぎます。

 辰巳はフンと鼻を鳴らした。そりゃ確かにそうだなぁ若頭。まあ地道に情報を集めるしかねえってことだな当分は。それ以外にできることがねえからな。

 とりあえず三人の意見はそれで一致した。その後は細々したことをちょっと話し合った。それから辰巳と安藤は仕事を済ませるために急いで出ていった。

 井口はしばらく一人部屋に残りマールボロをふかしていた。雨の音はまだ続いていた。ブラインドの隙間から見える外の色はまだ黒かった。

 井口はため息をつき部屋を出た。外で待っていた運転手兼雑用係の側仕えの若い衆の相模さがみに声をかけてから一緒にビル地下一階の駐車場まで降りた。そこに井口の乗ってきた黒のBMW 523iの高級セダンが待っていた。

 相模が後部ドアを開けたので井口は後部座席に乗り込んだ。相模は運転席に乗り込みエンジンをかけた。2.0L直列四気筒DOHCエンジンを唸らせBMWは駐車場から滑らかに夜の街へと走り出た。

 これからどうしますか、と相模が聞いた。井口は答えた。どうもこうもねえ。まだほとんど何も決まってねえよ。

 すると相模は薄く笑って言った。


 それじゃどこに戻るんですか。


 それで井口は、相模が聞いているのは車の行き先のことだと気づいた。井口は苦笑し、組の事務所に戻ると言った。井口自身、井口興業という組織の長だった。

 相模はBMWをK市中心部へと走らせた。夜の闇の底、遊び足りない連中はまだ騒いでいたが、それでも街は静かな眠りに落ち込もうとしていた。

 いつもと変わらぬ光景。

 その裏で十億円の覚醒剤シャブが奪われた。

 組の中にはスパイがいるかもしれない。

 そして大がかりに組織を動かすわけにもいかない。下手に動いて警察サツの介入を招くことは何としても避けねばならない。

 井口はため息をついた。

 厄介なことになるのは目に見えていた。

 実質的な組織の長として、井口はこの難題に対処せねばならなかった。


 不意に井口の脳裏を嫌な予感がよぎった。


 こいつはひょっとすると想像以上に大事になるかもしれねえ。

 俺たちの組織の屋台骨を揺るがすような大事に。


 理屈ではなかった。

 それは長年ヤクザとして生きてきた者のパラノイアめいた直感だった。

 しかしその直感が外れたことはこれまでほとんどなかった。

 井口は急に強い不安を感じた。

 その不安が顔に出ないように努めた。

 なぜだか相模に不安を気取られたくないと思った。


 

 

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