最終話:君が笑ってくれるなら
翌日。部活を休んで早めに彼女の家に向かった。
『今日は部活休み?』
「いや、休んだ」
『ずる休みか』
「一日くらい良いだろ。……少しだけ、二人で話がしたかったんだ」
『話?』
「……小森から聞いたよ。告ったらしいな」
こくりと彼女は頷き、胸の前で手を握る。その手は少し震えていた。彼女は恋愛感情が怖いと言ってた。と、小森から聞いている。その理由まではよく知らないが、過去が関係しているのだろう。
「大丈夫か?」
問うと彼女は頷き、震える手でノートに言葉を綴る。
『希空が自分に向ける恋愛感情も怖いけど、それ以上に自分が彼女に向ける恋愛感情が怖かった。友達のままでいたかった。けど、希空が誰かと付き合うのも嫌で、そんなわがままな感情が嫌で』
「俺は? 俺が誰かと付き合うのはいいの?」
一ミリも躊躇わずに頷く彼女。
「即答かよ」
思わず苦笑すると、彼女は慌てて『別に興味ないわけじゃないからね!』と弁明する。そしてこう続けた。
『君のことは好きだよ。けど、その好きは君の私に対する好きとは違う。君とは友達でいたい。ごめん』
「謝るなよ。もう吹っ切れてる。……今はただ、お前が笑ってくれるならそれで良い」
『私は希空に対してそう思えなかった』
「恋なんてそんなもんだろ」
『桜庭くんは違うじゃん』
「俺はもう諦めてるから。つか、諦めるしかないからな。俺の恋はもうとっくに終わった。終わらせた。でも……お前のことを好きな気持ちだけはどうしたって消せない。それは許してほしい」
『許すも何も、私も君に嫌われたくはないよ。恋が終わっても、友達として好きでいてもらえるなら嬉しい。君とはずっと友達でいたいから』
ずっと友達でいたい。その言葉に、以前の俺なら複雑な気持ちになっていただろう。だけど今は違う。彼女のその言葉を素直に嬉しいと思える。不思議だ。小森と出会った頃はあれだけ嫉妬していたのに。
「友達だよ。ずっと。お前に恋人が出来ても変わらない。応援してるから」
今は本心からそう言える。彼女が小森に対して好きと言えたことにホッとしている。それはきっと相手が小森だからというのもあるかもしれない。彼女が一歩前に進めたのは、小森の想いに応えたいという気持ちのおかげだから。だから、小森には自分のせいでこうなったとは思ってほしくはない。彼女が告白しなくとも、いずれはこうなっていただろうから。
『ありがとう桜庭くん。君と出会えてよかった』
「永遠の別れみたいな言い方だな。けど、俺も同じ気持ちだよ。お前と出会えて、一度は離れ離れになったけどまたこうして会えてよかった」
それから、好きになれて良かった。彼女には伝えずに、心で呟く。
「……じゃあ、今日は俺、帰るわ」
『もう帰っちゃうの?』
「お前と二人きりでいたなんて小森に知られたらめんどくさいから。部活は体調不良で休んだことになってるから、今日俺が来たことは内緒な」
『分かったけど、残念ながら、ノートに会話してた証拠残っちゃってるよ』
そう書いて、彼女は俺との会話の部分を指差して悪戯っぽく笑う。
「そうだった……」
すると彼女はくすくす笑いながら、俺との会話のページを、跡が残らないように綺麗に切り取り、その切り取ったページに「希空には内緒にしとくね」と書いて、自分の唇の前に人差し指を立てて笑った。その仕草に思わずドキッとしてしまうが、平然を装って彼女と別れた。
それから約二週間後の夕方。小森から電話がかかってきた。やけにテンションの高い声で彼女は言った。「マナの声、出るようになった」と。
「ほんとに?」
うんと明るい声で返事をしたあと、一変して少し気まずそうに続ける。「あとボク、彼女と正式に付き合うことになった」と。それを聞いても俺の心は特にざわついたりはしなかった。彼女の声が出るようになることと、小森と付き合うことになることはセットだと、なんとなくわかっていたから。どちらにせよ俺はとっくに彼女にフラれているし。
「そうか。おめでとう」
「……意外とさっぱりしてんね」
「この日が来ることは前からわかってたことだし」
「……そっか」
「んだよ。哀れんでるのか?」
「いや。……ありがとね。桜庭くん」
「あ? それは何に対する礼だ?」
「前に、ボクのせいでマナがあんなことになったって言った時に叱ってくれたでしょ。自分を責めるなって。お前は俺のライバルだろって」
「あぁ、そのことか」
「……諦めずに自分の想いを伝えて良かった。今ではそう思ってるよ」
「……そうか」
「うん。君が居てくれて良かった」
「俺が言わなくても多分坂本が同じこと言ってたよ」
「だろうね。でも、同じ気持ちを抱える君の言葉だからより心に沁みたんだと思う」
「そうか」
「うん。……凄いね。君は」
「何が?」
「ボクは立場が逆ならきっと、おめでとうなんて言えないと思うから」
「俺だってフラれた直後なら多分無理だったけど、一年半経ってるからな。もう吹っ切れてるよ。彼女がまた以前のように笑顔で居られるようになるなら、俺はもうそれ以上は望まない。初めての恋が彼女で良かった。それから、あいつが選んだ相手がお前で良かった」
それは決して強がりではなく、本心から出た言葉だった。
「ボクは一年半じゃ吹っ切れないなぁ」
「しつこそうだもんな。お前」
「失礼な」
「ははは。……あいつのこと、泣かせたら許さんからな」
「大丈夫。守るよ。何があっても」
「……ああ。頼んだ」
「うん。……じゃあ、また明日ね」
「ああ。また明日学校で」
通話が終了する。これでようやく、俺の恋は完全に終わった。涙が溢れる。その涙は悔しさではなく、彼女が前に進めた嬉しさから溢れたもので、気分はすごく晴れやかだった。
君が笑ってくれるなら 三郎 @sabu_saburou
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