第7話
妹が死んだ。昨日まで話していた。今日は妹が結婚する日だった。そのために帰ってきた。けれど澪子は死んだ。目の前で血を吐いて苦しみながら死んでいった。母は狂ったように泣き叫び、弟や叔父でさえ動揺を隠せずにいた。新郎となるはずだった冬村将生は魂が抜けたように呆然とし、その両親もひどく青ざめた顔つきで将生に寄り添っていた。そんな中で僕は側から見ればやけに落ち着いて見えただろう。どう表せばいいのかが分からなかった。怒りがあった。憎しみがあった。けれどもそれを幼い頃から味わいすぎた所為か表に出さないように僕の身体は出来ていた。現場検証が行われる境内をじっと見ていた。
「お兄さんがやったんですか」
背後からかけられた声。それが引き金となったのか、僕はそこでようやく感情を表すことが出来た。僕が澪子を殺すわけがない。そう思いながらどこか言い訳のようにも聞こえた。澪子の死を願ったわけではないが苦痛を押し付けようとしたのは事実だったから。それでも僕は澪子の死について自分を疑うなどということには納得出来なかった。
「こわいかお」
「君は 冬村の」
「
「僕が澪子を どうしてそう思うんです」
「悲しそうじゃないから」
「僕は感情が下手だから」
「そう」
「なんなんだよ 放っておいてくれないか」
「たまたま見たい場所が同じだっただけで でも声はかけるべきじゃなかったですね 失礼しました」
僕はおかしくなりそうだった。ずっと胸の内に巣食っていた蟲はかつてないほどに蠢いて、気付けば冬村路花の肩を強く掴んでいた。
「私が声を出せば あなた捕まりますよ」
「好きにしろよ」
「感情が下手って本当ですか 獣みたい」
「お前こそ 随分落ちついてるじゃないか お前じゃないのか 澪子を殺したのは」
「私ですか なぜ」
抑えられそうになかった。そんなふうに制御が効かないまでおかしくなるのは初めてだった。冬村路花の首筋に両手が伸びる。
「路花! 市哉さん 何をしてるんですか」
「なんでもないわ 市哉さんに虫をはらってもらってたの 山が近いと多いんですね ありがとうございます」
将生が気づいていたかはわからない。けれど僕は路花の首を絞めようとした。将生に呼び止められなければ今頃どうなっていたかわからない。なのになぜか路花は僕を庇った。路花は去り際に僕に耳打ちした。
「はらうべき虫は市哉さん あなたのほうについてるのかもしれませんね」
動悸がした。汗がひどい。僕はまだ十代の少女を手にかけようとし翻弄された。最早自分が一番信用ならなかった。このえも言われぬ内なる憎悪を培ったのは過去の暴力か、それとも禁忌を侵したからなのか。とにかくそのような考えこそ冷静を欠いていると言えた。
「沙沼、いや川邊市哉さんですね。刑事の弓削と言います。今皆さんにもお話を伺っています。すみませんが少し宜しいですか」
「澪子が殺されたのは間違いないんですか」
「それを調べているところです」
ボサボサの髪に無精髭、細身でいかにも不健康そうな風体だがそれに似合わない低い声には威圧感があった。弓削の目からは伝わってくる。僕は疑われている。見てくれこそ汚らしいこの刑事の目だけはあの日山で見た狼の高貴さを備えていた。咎を見透かされるような気がした。
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