第39話 吸血鬼マナー

 ウンディーネを倒してから7日。


 アリババは死に、残りの五竜星は霊器と精霊を取り上げられて投獄。

 雨を取り戻した〈ジャムラ〉は以前にも増して活気に溢れていた。アラン王は五竜星を失った穴を埋めるために身を削り、スノーは国を支えるために召喚術ではない学問を学び始めた。


 一方、この7日間、アラジンがなにをしていたかと言うと――


「怠い……」


 なにもしていなかった。というかできなかった。

 ウンディーネを倒し、アラン王にそのことを報告するため王宮を訪れたら失神した。

 それから王宮の一室の豪華なベッドで寝たきりだ。


 部屋の扉がノックされる。


「アラジン様。体調はどうですか?」

「スノーか……」


 アラジンは体を起き上がらせる。


「まだ怠いけど、段々調子は戻ってきたよ」

「そうですか! よかったです……!」


 スノーは曇りのない笑顔を見せる。


「すっかり表情豊かになったな」

「そ、そうでしょうか……」


 スノーはベッドの側に椅子を寄せて座る。


「寝たきりになった原因はわかっているのですか?」

「思い当たる節は多くある、けど」


 一度死んで生き返ったこと。

 単純に動き過ぎたこと。

 ウンディーネの代償を無視したこと。

 だが一番アラジンの中でしっくりくるのは、


「……多分、あの指輪のせいだろうな」

「アラジン様が召喚した霊器のことですね」

「ああ。アレの力は強大だった。これぐらいのリスクがあっても納得できる」


 イフリートの指輪。

 あの力の代償が1週間以上寝たきりになることなら、そう無暗に使えないな。と思うアラジンであった。


「アラジン様。もし歩けるのなら、王宮の庭まで行ってくれませんか?」

「どうして?」

「……会ってほしい方がいるのです」


 会ってほしい方。

 それが誰なのか、見当はついていた。


 ◆



 噴水を中心に花が咲き乱れる庭。

 そこに、白のワンピースを着た女の子がいた。


「ヨルガオ」


 アラジンは女の子の名を呼ぶ。


「アラジンか」


 ヨルガオはアラジンの方を振り向く。口にはおしゃぶりを付けている。

 ヨルガオは思い切り陽を浴びていた。だから体は幼児サイズになっている。


「どうしてこんな陽の落ちる場所にいるんだ?」

「最後くらい、思う存分太陽の光を浴びたくてな」

「最後……」

「アリババ様から受け取った魔力は今日で尽きる。そうなれば私は体を維持できず、どこにも還ることなく滅びるだろう」


 そう語るヨルガオの顔は晴れ晴れとしていた。


「座って話そう。アラジン」


 庭にあるベンチに2人は座る。


「正直な話、お前がここまで生きていることに驚きだ。アリババが死んだあの日に、お前も消えると思っていた」

「普通ならあの日の内に消えていただろう……だが、アリババ様は死の直前に私へ大量の魔力をくださったんだ」

「なんだと? アイツがか」

「私も驚いた。あの人も、根っからの悪ではなかったのかもしれないな」


 ヨルガオは小さく笑った。


「――なぁ、お前って魔力があれば体を維持できるんだよな?」

「そうだ」

「だったらスノーとか俺が新しい召喚主になって、お前に魔力を渡せばお前は生きていられるんじゃないのか?」

「主を殺した時点で私はなにかに従属する権利を失っている。私はもう誰の精霊にもなれないということだ」


 召喚主を殺すというのは精霊界ではトップレベルの禁忌。

 禁忌を犯した精霊は故郷にも帰れず、人の世で命を落とすのだ。


「吸血鬼なら血を吸って魔力を補充できたりはしないのか?」

「できないことはない。ただ効率はそこまでよくはないんだ。普通の人間の血なら20リットル、召喚士なら10リットルの血があれば1日はもつだろうがな」

「1日10リットルはキツイな……」

「これ以上、誰かに迷惑をかけて生きるのはごめんだ」


 アラジンはシャツの袖をめくり、右腕を出す。


「なにをしている?」

「血を吸ってくれ。400ミリリットルぐらいならくれてやる」

「それだけの血を吸ったことで私の寿命は大して延びない。無駄だ」

「ばーか! 誰がお前のためにって言ったんだよ」

「なに?」

「こ、今後の漫画制作において吸血鬼を出すこともあるだろう。そうなれば吸血シーンは当然描く。リアルな吸血シーンは見ておいて損はない」


 照れながら、やや苦しい言い分をするアラジン。


「断じてお前の寿命を延ばすためじゃない! 俺の漫画のためだ!」

「……素直じゃないやつだな」

「やかましい! いいから吸っとけ! ……1秒でも長く、陽を浴びたいだろ。ずっと鎧に身を隠してたんだからな」


 ヨルガオは笑みを見せ、おしゃぶりを外す。

 そして舌を出し、アラジンの腕を舐めた。


「いっ!? なにしてんだ!?」

「消毒だ。私の唾液には消毒作用がある。舌で舐めてから歯を食いこませ吸血する。これぞヴァンパイアマナーだ」

「そうなのか? ……勉強になるな」


 改めて右腕を出す。

 ヨルガオは舐めた部分に牙を食いこませた。不思議と痛みはない。


(なんだろう……この背徳感は)


 傍から見れば幼女に腕を噛ませている変質者である。

 ヨルガオの口に、アラジンの血が入る。


「……っ!?」


 瞬間、ヨルガオは牙をアラジンの腕から離した。

 ビクン! と背中を反らせ、空を見上げる。


「おい、どうした!?」

「な、なんだ……この味は……」


 ヨルガオの顔は動揺と興奮で赤くなっている。

 涎が口からこぼれるのを止めようとせず、目を泳がせる。


「美味い。美味すぎる。こんなにも美味い血は味わったことがないっ! 血を舐めた瞬間に全身を快感と熱い迸りが駆け巡った……!」


 あのクールなヨルガオがだらしなく表情を崩して称賛している。ヨルガオの様子にちょっぴり引き気味のアラジン。


「う、美味いならよかった」

「……まだ50ミリリットルほどしかもらってない。あと350もらってもいいか?」


 いいか? と聞いてはいるが、ヨルガオはアラジンの腕に自分の腕を絡め、アラジンの膝の上に足を乗せ、目はNOと言わせない威圧感を放っている。絶対に断らせない構えだ。


「……どうぞ」


 アラジンが言うと、ヨルガオはなにも言わずアラジンの首筋にガブ! と噛みついた。ちなみに腕と違い首筋には激痛が走る。


「いってぇ! おいコラ、ヴァンパイアマナーはどうした!?」

「ふがふが、ふがい!!」

「痛いから喋るな!!」


 ヨルガオはアラジンの血を堪能し、牙を離した。


「ごちそうさま」

「お前……明らかに400ミリリットル以上吸ったろ?」


 ヨルガオはこっそりと800ミリリットル吸血した。


「さて、お前との挨拶も済んだことだ。そろそろ出るとしよう」

「どこへ行くつもりだ?」

「街を見て周る。短い間だが世話になった国だ。消える前に見ておきたい」

「そうか」

「アラジン。お前と共に漫画を作っていた時間は本当に楽しかった。お前の漫画には笑わせてもらった。お前のおかげで〈ジャムラ〉を守ることができた。お前と出会えて、本当によかった……達者でな」

「ああ」


 ヨルガオは光指す〈ジャムラ〉の街へ消えていった。

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