第36話 アラジンvsヨルガオ

 宝物庫に現れたアラジンを見て、一番驚いたのはヨルガオだ。

 ヨルガオは間違いなくアラジンを絶命させた。まだ心臓を貫いた感触が手に残っている。


「なぜだ」


 なぜ生きている?


「なぜ――」

「ヨルガオ」


 アリババはヨルガオを睨む。


「しくじったな」

「いえ、アリババ様……私は間違いなく殺しました……」

「言い訳を聞く気はない。仕置きは後回しだ」


 アリババは新たに横笛を出した。木造りの笛だ。アリババは笛を奏でる。


「悪鬼羅刹」


 真っ黒の鬼。赤鬼青鬼の二倍の体躯の鬼が召喚される。


「ダキのテメェになにができる」


 アラジンは悪鬼を前にして、ひどく冷静だった。


(体が軽い。力が漲る。文字通り、生まれ変わったようだ)


「ガアアアッ!!」


 悪鬼が拳を振り下ろす。


 アラジンは悪鬼の背よりも高く飛び、これを回避。落下と同時に右拳を頭に繰り出す。

 ゴォン!! とバカでかい音と共に、悪鬼は地面に伏した。


「――ッ!!?」


 ヨルガオは目を疑った。

 さっきまで、魔力の無い男だったはず。非力な男だったはず。なのに――


「素手で、俺の精霊を……!?」

「アリババ」


 アラジンは着地し、冷酷な目でアリババを見る。


「スノーを苦しめたこと、ヨルガオを苦しめたこと、俺を殺したこと。

 全部の借りを、今ここで返させてもらう」


「なに言ってやがる、テメェは生きてるじゃねぇか……! ヨルガオ!!」


 ヨルガオが槍を装備してアラジンの前に立ちふさがる。

 ヨルガオは骨の兜を魔力で形成し、装備した。


「私が相手だ」

「さすがに、お前相手じゃ素手はきついな」


 アラジンはイフリートの鍵筆を出す。


(筆を握れば召喚陣が頭に浮かぶ)


 アラジンは目の前の空間に円を描き始める。筆でなぞればインクは浮かび、滞空する。


「させるか」


 ヨルガオは召喚陣を描かせまいと前に出るが、0.2秒後には召喚陣は描き終わっていた。


「速い!?」


 それだけじゃない。


「何の道具ももちいずに、なんと綺麗な召喚陣か……!?」


 アラン王が感嘆の言葉を漏らす。

 召喚陣は通常、作図道具を用いて描くモノだ。綺麗な円、綺麗な直線で作図しなければ召喚陣は機能しない。

 だがアラジンには天性の作図スキルがある。直線も曲線もフリーハンドで道具を使うより綺麗に描けるのだ。アラン王が驚くのも無理はない。


「召喚」


 目の前に描いた召喚陣からアラジンは霊器を召喚した。

 召喚陣から現れたのは――黄金色の指輪だ。


(指輪……つけろってことか?)


 とりあえず指輪を右手人差し指に付けてみる。すると人差し指は紺色の殻を被った。


 それだけだった。


 人差し指と指輪が紺色の殻に包まれた。それ以上、体に異変は起きなかった。


「え? これで終わり!?」


 ヨルガオの槍が突き出される。


「くっ!?」


 アラジンは防御するために両腕を上げた。


――その時、振るい上げられた人差し指から斬撃が飛んだ。


「なに!!?」


 飛んだ斬撃をヨルガオは槍で防御するが槍は豆腐の如く斬り裂かれ、斬撃はヨルガオの左肩を斬り落とし、さらに背後の壁まで大きく抉った。


(もしかして、俺の指は……)


 アラジンは変身した人差し指を見る。その指は、アラジンの知るとある魔神の指とそっくりだ。


「魔神の指になったのか?」

「……」


 ヨルガオは自分の左肩を見る。


「得体が知れん……」


 ヨルガオはアラジンから距離をとった。あの人差し指は不気味すぎる、と。

 ヨルガオは骨を作り、肉を作り、血を作り、自分の腕を再生させる。


「さすが吸血鬼。再生させるか」


 ヨルガオは失った鎧も再生。

 アラジンはヨルガオの再生能力を観察する。


(再生と言っても色々な種類がある。体の損傷部分の時間を戻して再生するか、人間の再生能力を強化して再生するか、新しく骨や肉や血といったパーツを作り出すか。ヨルガオの場合はパーツを作るやり方。アイツは骨、肉、血、体のパーツを魔力で作れるのだろう。骨鎧と骨槍はその再生能力の応用か)


 ヨルガオを完全に戦闘不能にするのは骨が折れると、アラジンは考える。


「仕方ない。弱点を突くとしよう」


 アラジンは魔神の人差し指と、生身の親指を合わせて丸めた。

 左手で右手首を押さえ、前に突き出す。デコピンの構えだ。


「遊んでいるのか?」


 そうヨルガオが思うのも仕方ない。


「あの男はいったいなにをしておる!?」

「アラジン様……」


 アラジンは深呼吸し、魔人の人差し指に魔力を集めた。


 ボウ!! と、魔力が膨れ上がり、人差し指に向かって縮小していく。

 ヨルガオ、アリババ、アラン王、スノー。全員が同じことを思った。



――なんという、魔力量!?



 願いを叶える魔神、それを召喚していた男の魔力量は常軌を逸していた。


「やめろ!!」


 思わずアリババが声を上げる。


「それだけの魔力をこっちに放てば、王も王女もただじゃすまないぞ!!」

「誰がそっちに撃つと言った?」


 アラジンはデコピンを天井に向ける。


「ピースキャノン」


 放たれた大気と魔力の砲弾は天井を貫き、真上の城の屋上まで穴を空けた。

 開かれた穴から、陽光が宝物庫に注ぎ込む。


「「――ッ!!?」」


 アリババ、ヨルガオが同時にとある危機を察知する。


「遅い」


 ヨルガオが動く前に、アラジンは魔神の指を振った。指から出た斬撃はヨルガオの兜を割り、ヨルガオの素顔を晒させた。


「お前が常に鎧を纏っていたのは精霊であることを隠すためだけじゃないだろ? ――吸血鬼の弱点は太陽の光だって相場は決まっている。陽を浴びないために全身を鎧で覆っていた、違うか?」


 ヨルガオは陽を浴びた。


 アラジンの知っている通りなら、陽を浴びた吸血鬼は灰になる。


 これでヨルガオは灰になり、精霊界に帰る。と考えていたのだが、


「やられたな」


 ヨルガオは陽の光を浴びると、灰にならずどんどん背を低くしていった。


「は?」


 ヨルガオは6歳ぐらいの体まで小さくなった。

 おしゃぶりが似合うようになっている。当然鎧は体に合わず、裸の状態で立っていた。


「吸血鬼は太陽の光を浴びると幼児化する。我々について知っていたとは驚きだ」


「いや……俺の知る吸血鬼とはちょっと違うんだが」

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