第35話 覚醒
11時45分。水霊の儀まであと15分。
〈ジャムラ〉の王アランと王女スノー、そして護衛のアリババは宝物庫へたどり着いていた。
黄金の宝が散らかる倉庫。
〈ジャムラ〉の財宝が集まっているのにもかかわらず、ある1つの物が目を引く。
ウンディーネの誓約碑だ。
中央に置かれたそれは圧倒的な存在感を放っていた。
「ウンディーネの誓約碑……見るのは久しぶりです」
アリババは言う。
「お前が誓約碑を譲ってくれたおかげで、我々の国は存続できる。感謝しておるぞ、アリババよ」
「ありがたきお言葉です。王よ」
アランは娘の顔を見る。
スノーは無表情で、俯いていた。
「すまない」
アランはスノーを抱きしめる。
「代わってやれるのなら、どれだけ幸せなことか」
「お父様……お父様はこの6年間、わたくしが死ななくてもいい方法を探してくれたではありませんか。その気持ちだけで十分です。それに、最後に私は笑うことができました。未練はもう……」
スノーの言葉が詰まる。
「未練、は……」
あるに決まっている。
可愛い服を着たい。
素敵な人と恋に落ちたい。
美味しいお菓子が食べたい。
もう一度、あの人の描いた漫画を読みたい――
やりたいことは、未練はいくらでもある。
それでもスノーは本音を押し込める。
「未練はありません。わたくしが犠牲になり、国民が笑って生きることができるのなら、わたくしは満足です」
「ふっ」
そんな14歳の王女の覚悟を笑う男が居た。
「ふ――はははははっ! ご立派な覚悟だな。だが残念、テメェが笑わせるのは国民じゃない。
「アリババ、様?」
アリババは赤い横笛を出し、吹いた。
「出でよ、赤鬼」
アリババの3倍の身長はある巨体の鬼が召喚される。
真っ赤な肌と頭から生えた2本の角、禍々しいオーラを纏っている。
「アリババ! なにをっ!」
「赤鬼、王を人質に取れ」
赤鬼は王を両手で掴み上げ、握りしめる。
「ぬぅ……!!」
「お父様!?」
次にアリババは青い笛を出して吹いた。
「青鬼」
今度は青い鬼が現れる。
青鬼は赤鬼と違って青色の肌をしている。角の本数は1本、他の要素は全て同じだ。
青鬼は長い爪をスノーの喉元へ突きつける。
「貴様っ……アリババぁ!! 私を裏切るつもりか!!」
「元々ウンディーネは俺の物だ。返してもらうぜ、クソジジイ」
「アリババ様……」
「王女よ。お父上を殺されたくなければこれから先、俺の言うとおりに動いてもらう」
アリババは二度拍手する。
「もう出てきていいぞ、ヨルガオ」
通路の影からヨルガオが顔を出し、宝物庫に入ってくる。
「ヨルガオ様……?」
「お前、兜はどうした?」
「申し訳ございません。途中で落としました」
「ふん、まぁいい。王女よ、コイツに助けを求めても無駄だぜ。コイツは俺が召喚した精霊だ。俺の手駒なんだよ。お前の味方じゃない」
スノーはヨルガオが精霊だと、前夜に知っていた。そして、ヨルガオを召喚した人間がアリババだということも薄々勘づいていた。
「ヨルガオ、連中は来たのか?」
「はい。ヴィ―ドとアラジンが祠を訪れました」
スノーの瞳に希望が宿る。
「アラジン様……!」
「で、奴らはどうなった?」
「ヴィ―ドはバルゴとキツツキとフーランが交戦しております。アラジンは――私が殺しました」
「え」
スノーの顔が絶望に落ちる。
「たしかに殺したんだな?」
「心臓を貫きました。喉とももを斬りました。確実に、命はないです」
「そうか。ご苦労」
「そんな……」
助けはこない。
恩人は死んだ。
もう、希望はなくなった。
「まずはウンディーネと契約して、鍵笛を出してもらおうか。余計なマネをすればジジイは死ぬことになる」
「はい……」
元の、人形のような表情の王女に戻る。
ヨルガオはそんなスノーを見ていられなくなって、視線を外した。
「ようやくだ。ようやく、俺の悲願が達成されるよ――
アリババは勝ちを確信した。
宝物庫は静寂に包まれた。アラン王も、スノーも、抵抗をやめた。アリババとヨルガオも後は見守るだけだ。
〈ジャムラ〉は滅ぶ。ここにいる誰もがそう思った。
「おい」
ある少年が現れるまでは。
1人は少年を見て、希望を瞳に宿した。
1人は少年を見て、ガッカリした。
1人は少年を見て、心底苛ついた。
1人は少年を見て、「ありえん……!」と驚きを口にした。
黒い髪を真っ青に染めて、少年は立っている。
「待てよコラ……!」
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