第34話 過去

 荒神千夜が8歳の時だった。


 父親と母親、6歳上の双子の兄2人と共に遊園地に向かってドライブしている時、暴走車が前から荒神家の車に突っ込んできた。


 両親は即死。兄2人は数時間息があったものの出血多量で死亡。


 不幸中の幸いだったのか、不幸中の不幸だったのか、荒神千夜だけが右足の骨折だけで済んだ。


 それから暫く、荒神は地元の病院に入院する。4人部屋の病室だ。


 1日目は足の痛みでほとんどなにも考えられなかった。

 3日過ぎて、家族の死について考えるようになる。

 5日過ぎて、涙が止まらなくなり、

 7日過ぎた時には涙すら出なくなった。


 もう退院できるぐらいには回復しているものの、引き取り手が見つからなく、荒神の入院期間は伸びていった。


「……」


 笑い方も泣き方も忘れて、ただ病室の天井を見つめる日々。

 そんなある日のことだった。カーテンの仕切りを挟んで隣に、あの男が入院してきたのは……。


「申し訳ございません神戸先生。私のスケジュール管理が甘かったばかりに無理をさせて……! こんなことになってしまいなんと言えばいいか……」

「気にしないでよ高宮ちゃん。俺の体調管理が甘かったんだ」

「入院中は原稿には触らず、安静にしていてくださいね……」

「わかってるって」


 話の内容からどこぞの作家とその編集の話だとすぐに理解した。

 編集が病室を出て、数分経つと、隣からカリカリカリという音が聞こえ出した。


(うるさいなぁ……)


 ギリギリ隣に居るアラジンに聞こえるぐらいの音だ。

 音だけなら我慢できた。だが次にはタバコの匂いまでしてきた。窓は開けているようだが……。


 ぶち。と堪忍袋の緒が切れた。


(文句言ってやる!)


 アラジンは松葉杖をつきながら歩く。

 仕切りカーテンから顔を出し、隣に越してきた男を見る。


「――」


 言葉を失った。

 タバコを咥え、頭に“ド根性”と書かれたタオルを巻き、原稿を進める男の姿は輝いて見えた。


 カッコイイと思ったのだ。見惚れてしまった。


「ん?」

「あ」


 男はアラジンに気づくと申し訳なさそうに笑う。


「わりぃわりぃ、うるさかったか?」

「べ、別に。ペンの音はいいよ。でもタバコはやめてほしい」

「あぁ、そう……タバコ、ダメぇ?」

「ダメ」

「はい、すみません」


 男はタバコの火を消した。


「なにを描いてるの?」

「漫画だよ、漫画」

「漫画……」

「なんだ坊主、漫画を知らないのか?」

「知ってる。けど読んだことはない」

「なんと! もったいない人生送ってるなぁ」

「ねぇ。描いてる姿、見ててもいい?」


 男――神戸は「かまわない」と返事する。

 それからアラジンは暇さえあれば神戸が漫画を描く姿を見ていた。


 神戸が同室に来てから2日後。

 また編集が病室を訪れた。


「神戸先生。頼まれてた“サモレジェ”全巻持ってきました」

「ありがとう高宮ちゃん」


 編集が病室を出たところで、またカリカリと音が聞こえた。

 荒神はまたカーテンから顔を出す。すると神戸は笑ながら、紙袋から一冊の本を出した。

 それは“sommoner of legend”という作品の第一巻だった。


「よう、坊主。暇なら俺の漫画でも読むか?」


 荒神は目を輝かせる。


「読む!」


 はじめて漫画を読んだ。

 絵と文字で繰りなされる無限大の世界。つまらない病室に居るはずなのに、色とりどりの景色が見える。


 10分ほどで1巻は読み終わった。

 それから2時間の間、繰り返して読んだ。この時荒神が受けた衝撃は計り知れない。


「おっさん!」

「誰がおっさんだ! お兄さんと呼びなさい」

「はやく! はやく次読ませて!」


 無邪気に催促する荒神。そんな荒神を見て、神戸は顔面を綻ばせ、デレデレとしながら、


「しょーがねぇ~なぁ~。見せてやるよ」


 荒神は2巻と3巻を受け取った。

 そして1日もかからずに読み終えた。3巻を読み終える頃には笑顔を取り戻していた。

 それから最新刊まで、荒神は読んでいった。全部読み終える頃には、自分の夢は決まっていた。


 神戸は入院から二週間で退院となった。


「おっさん!」


 病院の外に出た神戸を荒神は呼び止める。


「おれ、おれさ! アンタと同じように、漫画家になりたい!」

「やめとけ、マジでやめとけ。地獄が待ってるぞ」


 神戸は全力で止めるも、荒神は譲らなかった。


「アンタの漫画はさ、俺に生きる力をくれた。俺もアンタと同じように、笑顔を忘れた人や、生きることを投げた人に、希望を与えたいんだ!」

「……まったく、仕方ないな」


 神戸は頭に巻いたタオルを解き、それを荒神に渡した。


「このタオルをお前に預ける。いつか返しに来い、立派な漫画家になってな!」


 荒神はタオルを受け取る。


「く~っ! 一回やってみたかったんだよなぁコレ! 実際やってみるとこっぱずかしいな!!」

「……なんかこれオヤジ臭い。抜け毛も付いてるし」

「やかましい! 黙って受け取りやがれ!」


 荒神は涙をこらえながら声を絞り出す。


「絶対、漫画家になって返しに行くから……! それまで、漫画を描き続けろよな!!」

「おうっ! その頃には100億部売る漫画家になってるさ」


 これが漫画家荒神千夜の原点だ。

 それから色々なことが起きて、本来の目的を忘れてしまっていた。

 走馬灯でようやく思い出す。自分がなにを目的として、漫画を描き始めたか――



 ◆



 アラジンの死後、ヤミヤミはアラジンを生き返らせるための処置をしていた。


「足と喉は傷口の時間逆行により修復。問題は心臓じゃな」


 アラジンの体でもっとも損傷の激しい部分だ。


「ふんっ。どうやって蘇生させるかは指定されておらんかったからな! われの好きにやらせてもらうぞ」


 ヤミヤミは手元に、真っ青の心臓を出した。


「心臓は『取り換える』という形をとろう。しかし、生憎われは人間の心臓は持っておらん。じゃから、魔人マゴラの心臓で代用させてもらう。プレゼントじゃ」


 ヤミヤミはアラジンの心臓を手元の青の心臓と入れ替えた。

 するとドクンとアラジンの体が跳ねた。アラジンの髪の色が黒から青へ変色していく。


「……蘇生完了じゃな」


 三つ目の願いを叶えたところで、ヤミヤミの体が光の粒となって消え始めた。


「ここまでか。最後にアラジンよ、おぬしが抱いていた1つの勘違いを正しておこう」


 ヤミヤミの下半身が消える。


「おぬしは魔力の無いダキではない。ただ常に魔力を使い果たしていただけじゃ、偉大で強大でプリティーな存在を召喚していたためにのう」


 ヤミヤミが消失するにつれ、アラジンの体に魔力が宿り始める。

 それはアラジンが元々持ち合わせていた魔力。魔神を維持していただけの膨大な魔力だ。


「借りは返す主義なのじゃろう?」


 ヤミヤミは最後に笑う。


「存分に暴れるがよい。荒神千夜」


 そう言ってヤミヤミはこの世を去った。

 同時に、1人の英雄ヒーローが目を覚ます。

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