第33話 三つ目の――


「ぬおぉ! ここは通さんぞ!!」


 ヤミヤミがヨルガオの前に立ちふさがる。

 しかしヤミヤミの体はヨルガオに触れると透けてしまう。ヨルガオはヤミヤミを通過してアラジンに迫る。


 アラジンはもう勝ち目はないと踏んだ。


(願いを使うしかない……!)


 時すでに遅し。

 アラジンの喉が槍によって裂かれた。


「か、ひゅ」


 アラジンは喉を両手で押さえる。


(こ、声を、潰された――)

「アラジン!!?」


 相手の喉を潰すことは、この召喚士の世界では至極当然な戦法の1つ。

 相手が精霊召喚士ビーストサモナーなら、これで召喚を封じることができるからだ。


「不思議だった……お前からは私と同じ匂いがした。この世のものではない匂いがした。最初に会った時、お前は私と同じで、人間のフリをする精霊だと思った。けど違った。お前は人間だ。それも、弱い人間だ」

「あ、か」


 喋ろうとして喉を動かせば激痛が走る。

 どうやっても声は出ない。願いを使うことは――できない。


「不思議だった……アラジン、お前は弱いのに、お前からはなんだってやってしまうオーラを感じた。現に誰も入れなかった祠の扉を開けてしまった。お前はあの姫様に笑顔を取り戻させた。そして、私にも――……」


(くそ……!)


 アラジンは目の前のヨルガオではなく、アリババに対して強く憎しみを感じた。


(アリババ……! お前にどんな事情があるかは知らない。だけど! お前の願いは、の女の笑顔を犠牲にしてまで叶える価値があるものなのかよっ!!!)


 悔しさから、アラジンは唇をかみしめる。


「もしかしたらお前なら、私を倒し、アリババ様を止めてくれるかもしれない。全部救ってくれるかもしれないと、そう希望を抱いていた。だけど駄目だった。馬鹿だな私は……お前はあらゆる願いを叶えてくれる魔神でもないのに」


 ヨルガオは槍を構える。


「さよならだ」

「……っ!」


 アラジンは最後の賭けに出た。


「がああっ!!」


 ベルトに括り付けられた黄金のオカリナを手に取る。


(ヨルガオの槍にオカリナをぶつけて壊す! そうすれば元の世界へ帰れる!!)


 黄金のオカリナを槍で砕かせる作戦。

 ただそんな希望は虚しく散る。


 ヨルガオが放った突きは、これまでと比べ物にならないほど速く、とても目で追える速度じゃ無かった。アラジンは気づく。これまでヨルガオは加減に加減していたのだと。


 オカリナが槍に届くことはなく、


 的確に、正確に、槍はアラジンの心臓を貫いた。


「お前の作る漫画を、もっと読みたかった」


 ヨルガオは槍を抜く。


 血が吹き乱れる。


 アラジンは顔から崩れ落ちる。


 ヨルガオはアラジンから視線を切り、奥へ繋がる通路へ歩いて行った。主の元へ向かうために――


「アラジン」


 アラジンの心の内にあるのは、謝罪の心のみ。


「ご、め――ん」


 絞り出した三文字の言葉に偽りはない。

 この時点で……ヤミヤミとの約束は果たせなくなったのだ。


「気にするでない。おぬしは最後まで抗った」


 アラジンがここまで三つ目の願いを渋った理由は1つだ。


『おい魔神。これより面白い作品、読みたいか?』

『も、もちろんじゃ!』

『心の底から読みたいと願うか?』

『無論じゃ!』

『よしいいだろう! お前の願い、叶えてやる!! 借りは返す主義なんだ。願いを3つも叶えてもらうなら相応の礼をしなくちゃいけいないと考えていた。俺はこの異世界旅行の果てに必ずや最高の作品を描いて見せる。そして、それを真っ先にお前に読ませてやる! それで貸し借りなしだ!』


 異世界へ行く直前で交わした約束。

 ただそれを、成したいがために――


「泣くなアラジンよ」


 アラジンの瞳からは大粒の涙がこぼれていた。


「まだ借りを返すチャンスはあるではないか」


 ヤミヤミは満面の笑みを浮かべる。


「次にわれが現れる未来まで、読み継がれる漫画を作って見せよ! 真っ先に読むことはできなくなったが、それぐらいよいわ!」


 アラジンの意識が薄くなっていく。

 アラジンはギリギリの意識の中、ヤミヤミの言葉だけはちゃんと胸に刻んでいた。


「さらばじゃアラジン。100年後の未来で、おぬしの漫画を待っておるぞ……」


 その言葉を最後に聞き――荒神千夜は命を落とした。



 ◆



 アラジンが死んだ後、ヤミヤミは「さて」と仕事に取り掛かる。


「これより『荒神千夜が死亡した時、蘇生措置を行う』という予約願望を叶える」


 三つ目の願いが果たされる。

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