第17話 ギャグセンス

――アラジンの部屋。


 部屋に戻ったアラジンは30分で下書きを終える。アラジンはヴィ―ドに下書き原稿を渡した。


 アラジンが描いた下書きを見て、ヴィ―ドは笑わなかった。

 笑わないどころか渋い顔をしていた。


「ほ、本当にこれを王女様に見せる気か?」

「そうだ」

「だってお前これ……主人公が道の上でクソして、それを友達が踏んで転んで変顔晒すって。なにが面白いんだ? いやいや、面白い面白くない以前に、こんな品の無い内容王女様に見せたら、今度こそ五竜星に殺されるぞ!?」


 カツン、カツンと階段を上がってくる足音。

 独特な足音から骨鎧を着たヨルガオの足音だとわかる。


 ヨルガオは部屋に上がり、ヴィ―ドの持つ原稿に視線を合わせる。


「新しいのができたのか? 見せてみろ」


 ヴィ―ドは渋々ヨルガオに原稿を渡す。


「これを王女様に見せるのは反対だぜ」

「……」


 アラジン自身も不安はあった。

 アラジンが描いたのは小学生低学年向けの漫画。チ〇コ、う〇こが普通に出てくる下ネタ漫画だ。場合によっては不敬に取られるだろう。


 しかしアラジンだって根拠もなしにこんな話を描いたわけじゃない。


「スノーのギャグセンスは高いと考えていた、だけどさっきのエマの言葉で気づいたんだ。スノーのギャグセンスは一般人よりむしろ低いんじゃないかとな」

「他人とあまり接してこなかったからか?」

「笑いのセンスっていうのは1人じゃ育てることはできないだろ?」


 この世界にはギャグ漫画もお笑い番組もない。

 1人でギャグのセンスを上げる術は少ない。


「まぁ、言いたいことはわからなくもないけどよ。王女様は演芸とか見てきたわけだろ?」

「王族を相手にした芸だぞ? 下品なことはできなかったはずだ」

「それは……そうだろうな」

「スノーは下品なネタに触れたことがないはず。だからこそのウ〇コだ!」

「博打が過ぎるぜ! やっぱ駄目だ! 失敗した時が怖すぎる!」


「ふふっ」


 聞いたことのない笑い声がアラジンとヴィ―ドの話を止めた。

 女性の笑い声だ。

 アラジンとヴィ―ドはまさかという気持ちで、この部屋唯一の女性に顔を向ける。


「く、はは! これは……おもしろい、な――ふふっ!」


 小学生低学年、下手したら幼稚園児レベルのギャグでヨルガオは笑っていた。

 これまでヨルガオは漫画を見ても笑うことはなかった。いや、もしかしたら鎧の中で笑っていたのかもしれないが、とにかく笑い声を出すことはなかった。


 そのヨルガオが堪えきれないといった感じで笑っている。


「……」

「……」


 アラジンのどや顔。ヴィ―ドの『まじか』といった顔。

 アラジンはたしかな手応えをもって漫画の仕上げを始めた。



 ◆



 漫画を仕上げた3人はもう見慣れた王宮へ入っていく。

 ヨルガオがいるから面倒な手続きなどは必要ない。ヨルガオを先頭にまっすぐスノーの部屋へ行った。


「今日もご足労頂きありがとうございます」


 豪奢な椅子に座ってスノーは深々と頭を下げる。


「今日も漫画ですか?」


「ああ。ヨルガオ、持っていってくれ」


 アラジンの手からヨルガオへ、ヨルガオの手からスノーへ漫画が運ばれる。


「……王女様がぶちぎれたらお前を見捨てて俺は逃げるからな」


 まだ不安の残るヴィード。

 アラジンも額に汗を這わせている。

 アラジンとヴィ―ドとヨルガオ、3人はスノーの表情を見つめる。


「……」


 ピタ……と、スノーの読む手が止まった。はじめてのことだ。

 そして、小さく、



「ふっ」



 声が零れた。


「ふふっ、は……ひひっ」


 笑いなれていない、不器用な笑い声だ。

 最初は声だけだったが、徐々に表情が緩み――


「はははっ!」


 氷の王女の表情は溶け――笑った。

 笑ったのだ。


「お、おい――おいアラジン! いま!!?」

「笑った……よな?」


 ヨルガオは王女の笑顔を見て、すぐさま部屋の鐘を鳴らした。

 その鐘は、王女が笑ったことをある人物に教える鐘だ。


 ガタンッ! とスノーの部屋の扉が開かれる。


 扉を開いたのは白い髭を蓄えた王冠を付けた男――この国の王、アラン王だ。

 アラン王はスノーの笑った顔を見て、涙を溢れさせた。


「笑っておる……私の娘が、笑っておる……!」


 アラン王に続いて五竜星が部屋に入ってくる。

 五竜星もスノーの笑顔を見て驚いた顔をした。


「よっしゃあ! 1000万! 1000万だ!!」


 1人踊りだすヴィ―ド。

 アラジンはスノーの顔から目を離すことができなかった。


(どうして……?)


 スノーの表情が、アラジンの予想外の方向へ変わっていった。

 彼女の顔が笑顔から、まったく正反対の表情へと変化していったのだ。


 スノーは――涙を流した。


 嬉し涙ではない。

 その表情に、アラジンはたしかに、悲壮感を見た。


「よかった……に、笑うことができて、本当によかった」


 『最後に』。

 スノーがそう呟いたのを、アラジンは聞き逃さなかった。

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