第18話 笑顔の代償

 アラジンとヴィ―ドは王から溢れんばかりの称賛と1000万を受け取って王宮を出た。

 もちろん、監視役のヨルガオもついて来ている。


「ほれアラジン、取り分の100万だ!」


 アラジンは暗い顔で札束を受け取る。


「しかしすげぇなお前は! 国中誰も解決できなかった無理難題を一週間でクリアしちまうんだからよ!」

「ああ、私も驚いた。アリババ様も、他の五竜星も言葉を失った様子だったぞ」


 2人からの誉め言葉を聞いても、アラジンの顔は暗いままだ。

 アラジンは立ち止まり、言葉を発する。


「アイツ、って言ったんだ」


 アラジンに釣られてヴィ―ドとヨルガオも立ち止まる。


「泣きながら、最後に笑うことができてよかったって言った。あれはどういう意味だ?」


 ヴィ―ドは気まずそうに顔を逸らす。


「ヴィ―ド、なにか知ってるのか?」

「そいつは……」


 口ごもるヴィ―ド。


「お前が説明しづらいなら私が説明しよう」


 ヨルガオは一切躊躇わず、説明を始める。


「姫様は7日後、命を失う」


 アラジンは眉を吊り上げる。


「なんだと……!? アイツ、病気でも患っているのか!?」

「いいや違う。姫様は7日後、命と引き換えにある精霊と契約するのだ。精霊の名はウンディーネ、水の精霊だ。水霊の儀というものを聞いたことはないか?」

「――ッ!?」


 一週間ほど前、アラジンはその単語をエマの口から聞いていた。


『あと2週間ちょっとすれば水霊の儀ってのをやって、水がいっぱいになるんだ!』

『水霊の儀?』

『水の精霊を呼び出して雨を降らせる儀式のことさ』


 そうエマは言っていた。


「雨を取り戻す儀式……!」

「そうだ。いま、この国は深刻な水不足だ。年々降雨量が減っていき、土地が干からびていっている。このままでは……〈ジャムラ〉は砂に沈む」


 ヴィ―ドは腕を組み、木に背を預ける。


「知ってるかアラジンよ、今は雨季なんだぜ」


 雨季とは年に一番雨が降る時期のことを言う。

 しかし、アラジンはここ一週間、雨など見たことがない。


 ヨルガオは説明を続ける。


「ウンディーネは指を一振りするだけで国を沈没させるだけの水を操る。ウンディーネの力を使えば雨を取り戻すこともできる。だが……」

「ウンディーネは精霊の中で悪魔に分類される。悪魔は精霊の中でも性質たちが悪くてな、召喚士にを求める。ウンディーネは水の力を行使した後に、自分を召喚した召喚士の命を代償として求めるんだ」


 雨を取り戻すほどの奇跡、その代償が人間1人の命ならばむしろ安いだろう。


「じゃあスノーは水霊の儀をやって――死ぬつもりなのか!?」


 ヨルガオは頷く。


「なんで、スノーが召喚しなくちゃならないんだ!」


 スノーは一国の姫だ。わざわざ姫であるスノーを犠牲にする道理はないはず。


「ウンディーネの誓約碑せいやくひを読めたのが姫様だけだったからだ」

「誓約碑?」


 アラジンの疑問にヤミヤミが答える。


「誓約碑は精霊が人間界に落とす契約書のような物じゃ。誓約碑には精霊が特別な術を施した精霊文字が書かれており、誓約碑の内容を読めるのは誓約碑を落とした精霊や霊器と相性が良い者のみ。口に出して誓約碑を読んだ時、契約は完了する。ちなみに誓約碑の文章は他者に伝えようとした瞬間に記憶から無くなるため、他者に伝えるのは不可能じゃ」

「……でも、これだけ人口が居て、相性が良いのがスノーだけなんてことが……」

「強く希少な精霊・霊器ほど人を選ぶ。ウンディーネはそれだけ強大な精霊というわけじゃな」


 どうにもならない現実が目の前に迫ってきていた。


「……スノーが、自分が犠牲にならないと国が助からないって知ったのはいつだ?」

「6年前、アリババ様がウンディーネの誓約碑を救国の策として王に提出した。……それから間もなくだ」

「スノーが笑わなくなったのはいつからだ?」

「……6年前だ」


 アラジンは拳を握る。


「水霊の儀を姫様以外ではできないとわかった時から、姫様はウンディーネを使役するため、つらい訓練を受け続けた。次第に笑顔は失われていった」


 その訓練にはヨルガオも協力していた。ゆえに、ヨルガオはスノーに対して罪悪感を抱いている。


「王は姫様を哀れみ、例の依頼を出したのだ」

「……アイツが犠牲になることを、〈ジャムラ〉の人間は知っているのか?」

「知らない。民には遠慮なく水を使ってほしいと、姫様の願いだ」

「――ッ!?」

「だから我々は水霊の儀の詳細を民には伝えていない」


 彼女は……多くのモノを背負っている。

 14歳の身で、国中の命と――そして、笑顔を守るため、背負ったのだ。その代わりに自分の笑顔を犠牲にしてでも……。


 彼女の笑顔を、涙を思い出す。


「つまらん……」

 

 アラジンの呟きを、ヨルガオは聞き逃さなかった。


「なんだと――」

「つまらん! 誰だそんなクソ台本書きやがったのは!?」


 アラジンはヨルガオを睨みながら言う。


「そんなつまらない筋書き、俺が書き換えてやる!」


 ヨルガオはアラジンがなにを言ってるかわからなかった。


 ヴィ―ドは誰にも気づかれない程度に笑った。

 ヤミヤミは歯を見せて「かっかっか!」と笑った。


「なぁヨルガオ。ウンディーネは水の力を行使した代償を求めるんだよな?」

「そう、だが」

「だったら話は簡単だ」


 アラジンは拳を突き出し、とんでもないことを言い出す。


「雨を降らせた後、スノーの命が奪われる前に――ウンディーネをぶっ飛ばす!! こっちのストーリーの方が断然面白いだろ!!」

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