第16話 逆転の発想

「まずは俺を描いてみろ」


 アラジンの言うアシスタントとは、漫画家のサポートをする人間のことを指す。

 漫画家のアシスタントがやることは背景や効果線などの作画の手伝いがほとんどである。他にも名前のないモブを描いたりすることもあり、一定以上の作画能力が必要とされる。


 まずアラジンはヴィ―ドとヨルガオの作画能力を測るため、2人に自分の全身を描かせた。


「できたぜ」

「早いな」


 ヴィ―ドは5分程度で絵を仕上げた。


(ほう。これなら使えないことはないな)


 特別うまくはない。

 体のバランスは崩れているものの、顔は上手く描けている。アラジンの特徴もよく捉えているし、誰が見てもアラジンのことを描いたとわかる出来になっている。なにより筆が速いのが素晴らしい。


「悪くないな」

「そうかい。別に絵にプライドなんかないから、上手くても下手でもどっちでもいいけど」


 一方、黙々と描いているヨルガオ。

 ヴィ―ドから遅れること20分。


「できたぞ」


 アラジンとヴィ―ドは2人でヨルガオの絵を見る。


「「うげっ!」」

「どうだろう……かなりの自信作だ」


 下手だ。

 どれだけ下手かと言うと――まず、顔と体の大きさが同じだった。

 目は右と左で大きさが異なり、唇はやけに太い。アンバランスな絵だが、歪な芸術性を感じなくもない。ど下手版ピ〇ソの絵とでも言った方がいいのか……。


「……お前には俺がこう見えてるのかよ」


 アラジンの困惑した顔を見てヨルガオは肩を落とした。


「駄目だっただろうか……」

「いやいやヨルガオ様! 素晴らしい芸術性です! ただ、アラジンの作風とは合わないというだけで! な! アラジン!!」

「いや、これはただ単にドヘタ――いてっ! なぜ殴る!?」

「テメェはデリカシーという言葉を百万回書きやがれ!」


 その他にヤミヤミが幼稚園児並みの似顔絵を描いて「どうじゃアラジン! おぬしより上手かろう!!」とアピールしていたが割愛する。


「次は背景だ。そこの窓から見える景色を描いてくれ」


 10分経過し、先に仕上げたのはヨルガオだった。


「見てくれ」

「どれどれ……」


 先ほどの全身絵からまったく期待していないアラジンだったが、


「……これは」


 上手い。

 さっきの全身絵が嘘のように上手い。

 人物絵と風景画では求められる技術に違いはあるものの、ここまで差が出るものかとアラジンは驚く。月は上がっているが、まだ明るさの残る街並み。難しい明暗を黒と白の使い方で表現し、影の付け方まで完璧だ。


「即戦力だな……文句なしだ」

「よかった」


「俺もできたぜ」


 アラジンはヴィ―ドの絵を見る。


「可もなく不可もなくって感じだな。背景はヨルガオの方が上だ。背景はヨルガオに、人物絵はヴィードに手伝ってもらう」

「OK」

「承知した」


 こうして3人体制による漫画制作が始まった。

 作画に取られる時間が少なくなった分、話作りに使える時間が増えた。アラジンは試行錯誤を重ね、スノーを笑わせる漫画の制作を目指す。


「アラジン、具体的にはどういう漫画を作る気だ?」

「ギャグ路線は変えない。だが徐々に対象年齢を上げていく。スノーは王族だから多くの書物、演芸に触れてきただろう。一般人よりギャグのセンスが大人びている可能性がある。性格的に幼稚なモノを好むタイプでもないしな」


 ヨルガオが頷く。


「姫様を笑わせようと多くの芸人が王宮を訪れた。目が肥えている、というのはあるかもしれないな」


 方向性は決まった。


 初日、対象年齢を上げた短編ギャグ漫画を作成。


 2日目、スノーに漫画を見せるも笑顔は見れず。帰ってすぐ漫画を描き始める。さらに対象年齢を上げる。


 3日目、スノーに漫画を見せるもまたもや不発。

 それから4日目、5日目と同じことを繰り返すも成功せず。



 ――6日目。



 一階の飯屋でスプーンを咥えながらアラジンは項垂れる。


「どうすっかなぁ」


 ヴィ―ドは背筋を伸ばす。


「ふぁーあ。さすがに、疲れが溜まってきたな」

「そうだな」


 アラジンとヴィ―ドの目元には隈がある。2人とも体力の限界は近い。

 一方ヨルガオは食卓を離れ、エマ母の手伝いをしていた。


「アイツは平気そうだな」


 ヴィ―ドが言うと、アラジンは「ああ」と相槌を打つ。


「というか、ヨルガオが寝ているところとかトイレに行っているところを見たことがない。飯もいつも食べていない。本当に人間か? アイツ」

「夜の10時ごろから次の日の朝までどっか行ってるだろ? あん時に全部済ませてるんだろう。俺達が見てないところできっちり休息はしてるって。そんなことよりどうするんだよアラジン。今のところ手応えゼロだぜ」

「う~ん……」

「そういや、前に『ある漫画を読んで笑顔を取り戻せた』って言ってたよな?」

「スノーの前で言ったやつか」

「その漫画をそのまま真似しちゃダメなのか?」


 盗作。

 普通に考えれば駄目に決まっている。ただ今は状況が状況だ。一度プライドを忘れて考える。


(俺が笑ったのはサモレジェの三巻。緻密で繊細かつ大胆なストーリー展開を見て思わず笑ってしまったのを今でも覚えている。三巻……そこまでを模写するのはさすがに無理だな。あの人の絵を完璧に模倣して、尚且つ三巻分の量を描くとなると一か月はかかる)


 しかし一か月で他人の絵を完全に模倣して三巻分も描けるのはアラジンぐらいだろう。


(もし期間内に描けたとして、日本と文化の違うこの国にどこまで通用するかわからない。サモレジェは日本人には受けたが、海外人気はイマイチだった記憶だ。――却下だな)

「無理そうか?」

「現実的じゃない」

「くっそぉ、手詰まりかよ……」


「ほーい、ボールバナナ一丁」


 褐色肌の少女、エマがボールバナナ(ボールの形をしたバナナ)を持ってきた。


「アラジン、王女様に会ったんだろ! どんな感じだった?」

「なんだ、お前はスノーに会ったことないのか」

「だっていっつも王宮に引きこもってるんだもん。そんでどうだったんだよ、つまらないやつだったか?」


 アラジンはエマの言葉のある部分にひっかかりを感じた。


「『やっぱり』? なんでスノーに会ったことも無いのに、つまらないやつだと思ったんだ?」

「そりゃ噂でずっと表情がないって聞いてたしな! それに、お姫様ってずっと王宮の中で暮らして、友達とかもいなかったんだろ? きっと面白いことなんにも知らないんだぜ!」


 アラジンは目を見開く。


「しまった……そうか、逆だったんだ」


 なにかを閃いた様子のアラジン。

 ヴィ―ドはスプーンの先をアラジンに向ける。


「勝算ありって顔だ」

「ああ! ちょっと待ってろ、いま下書きする」

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