第15話 溶けない氷はない
スノーは漫画を数分で読み終えた。
「……」
スノーは何度も漫画を読み返す。何度も何度も……そして、
「すみません」
スノーは申し訳なさそうな声でそう言った。
「大変面白かったです。ですが、笑うことはできませんでした」
「なん、だと……!?」
納得できなかったのはアラジンだ。
「残念です……」
「どこだ! どこがダメだった!?」
「いえ……全部面白かったです。なのに、笑えませんでした」
ショックが大きかったのはアラジンよりスノーだっただろう。
彼女は本当に楽しく漫画を読んだ。なのに、笑えなかったのだ。それが意味することは、どれだけ面白い物を見ても自分は笑えないという事実だ。
「これで笑えないのなら、わたくしは一生笑えないのでしょう」
諦めたようにそう言った。
「……ふざけんな」
アラジンは小さくそう言って、ヴィ―ドの方を見た。
「ヴィ―ド! いつまでにこの姫様を笑わせればいい!? 期限は!?」
「き、期限は2週間後だ。だけど、勝算はあるのか?」
「アラジン様。この漫画という書物は本当に面白いものでした。でも、漫画でも、わたくしは笑うことができな――」
「決めつけるなっ!」
スノーの言葉を、アラジンは怒声で遮る。
「俺も……あったんだよ、お前と同じように笑顔を忘れた時が。どうやって笑うか、さっぱりわからなくなった時がな。だけど、俺はある漫画を読んで笑顔を取り戻せたんだ!」
アラジンは思い出す、生まれて初めて読んだ漫画のことを。最も尊敬する漫画家の顔を。
「――漫画を舐めるなよ」
「アラジン様……」
「これから毎日、漫画を描いて持ってくる! 約束だ! 絶対にお前を笑わせる漫画を作ってやる!!」
「お、おいアラジン!」
スノーの表情は変わらない。
だけど確かに、彼女の瞳に希望の火が灯った。
「……楽しみに……待っております……」
スノーは泣くことも、笑うこともできない。
だけど、その声は震えていた。
◆
「おい、待てってアラジン!」
城から出たところでヴィ―ドはアラジンの肩を掴み止める。
「本当に大丈夫なのか? あんな約束しちまってよ……見ただろ、あの姫様の表情を。完全に凍り付いてやがった。ちゃんと感情はあるはずなのに、表情は氷みたいに冷たくて、堅くて、どうにもならん感じだったぞ」
「っ!!」
アラジンはヴィ―ドの手を払う。
「どれだけ冷たくても堅くても――溶けない氷はないだろう」
「アラジン、お前……」
ヴィ―ドは目の前の男の理由の無い自信がなんだかおかしくなり、つい笑みをこぼしてしまう。
「仕方ねぇな」
ヴィ―ドはアラジンと肩を組む。
「お前の自信に賭けてやる! 漫画の味見役は任せな。必要な費用も俺が持とう」
「ヴィ―ド……」
「私にもなにか手伝えることはあるだろうか」
アラジンとヴィ―ドの背後から話しかけてきたのは全身骨鎧の女性、五竜星の1人のヨルガオだ。
「見張るだけでは暇だからな」
「そっか。ヨルガオ様はアラジンの監視役でしたね」
「手伝えることは手伝おう。私も、姫様の笑顔を見たい」
アラジンは腕を組み、堂々とした態度を取る。
「わかった。それなら、お前らをアシスタントに任命する」
「「アシスタント?」」
アシスタントの意味を説明されないまま、2人はアラジンの部屋へと連れていかれた。
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