第11話 国王からの依頼

「ヴィ―ドちゃん。ウチは注文しないと居座っちゃいけないよ。アンタもなにか頼みなさいな」

「水をロックで頼む」

「また殴られたいのかい?」

「……チャーハンお願いします」


 アラジンは水を一口飲み、


「手を組むっていうのはお前の店で俺の漫画を売るってことか?」

「そいつもいいけどな、今は別の話だ」


 ヴィ―ドは声を小さくする。


「この国〈ジャムラ〉の氷の王女のことはさすがに知ってるだろ?」

「この国には王女が居るのか?」

「え。本気で言ってます? アラジンさん」

「本気だ。国の名前すら今はじめて聞いた」

「マジかよ……」


 ヴィ―ドは「ふー、やれやれ」と頭を抱える。


「〈ジャムラ〉の国王の一人娘にスノーっていうお姫様が居るんだ。そのお姫様が氷の王女って呼ばれている」


「砂漠の国に氷の王女とは似合ってないのう」


 ヤミヤミの言うとおりだ。


「どうして氷の王女なんだ?」

「一切笑わねぇからさ。お姫様の表情は氷のようにカチコチに固まっている。それでどうしても王女を笑わせたい王様が国全体にある依頼をしたんだ。『娘を笑わせてくれ。そうすれば1000万オーロを報酬として渡そう』ってな!」

「1000万!? 俺の認識違いじゃなければかなりの大金だな」

「誰の認識でも大金だよ。色んな遊戯団が姫様を笑わせようとしたが結果は空振り。今も依頼は継続している。そ、こ、で、だ! お前の漫画の力を借りたい」

「俺の漫画で姫様を笑わせて、報酬を貰おうというわけだな」

「どうだ、悪くない話だろう? 姫様に漫画を披露する機会は俺が設ける。成功した際の取り分は9:1でいい」

「9:1、つまり俺に900万くれるってわけか。――悪くない話だな」


 アラジンは考える。


(異世界には夏休みが終わるまでの40日間滞在するつもりだ。900万もあれば40日分の生活費は余裕だな)

「ちょっと待て。取り分を間違ってるぞ」

「なんだと?」

「取り分は俺が900万、お前が100万」


 ……。

 数秒の静寂。

 アラジンはテーブルに右足を乗せ、右手でヴィ―ドの胸倉を掴み上げる。


「ふざけんなこの野郎! 労力から考えれば、俺が900万だろうが!」

「あんだと! じゃあお前1人で姫様に会えるのか? おぉん? 俺は王家に多少なりとも顔が利く。俺の助けが無きゃ姫様には会えないぜ!」

「くっ……!? ならせめて俺が6、お前が4だ!」

「いいや、9:1だ。これは譲れん!」


 ヴィ―ドは条件を変える気はまったくない様子だ。


「どうするアラジン。この男、引く気はなさそうじゃぞ」

(ちぃ! 釈然としないが、コイツが居なければ流れ者の俺が姫様に会えないのも事実。それに40日間暮らすだけなら100万でも十分、か……)


 アラジンは胸倉から手を放し、席に座り直す。


「……わかった。その条件でいい」

「まいどまいどぉ♪」

「――ドケチ野郎」

「商売上手と言ってくれ。明日の朝、面会のアポは取ってある。俺が迎えに来るから宿の場所を教えてくれ」

「宿はまだ決まってないんだ。紹介してくれると助かる」

「それならここの三階はどうだ? たしか空いていたはずだ。おばちゃん! 三階をコイツに使わせてやってくれるか?」


 エマ母は鍋を振りながら、


「一日2000オーロだよ!」

「ほい、これで宿問題は解決だな」


 香ばしい匂いが鼻を貫く。

 エマとエマ母の手で料理がテーブルに運ばれてきた。

 アラジンには砂カニチャーハンとモグラワニ肉の塩焼きとボールバナナ。ヴィ―ドにはノーマルなチャーハンが配膳される。


「「いただきます」」


 アラジンとヴィ―ドは同時にチャーハンを口に入れた。


「……」


 口にした瞬間、ねっちゃりと油っこい食感がきた。砂漠のオアシスにのみ生息するという砂ガニの身は歯応えがありすぎて食べにくく、総じてしつこい味だ。


「……食べられなくはないが、これじゃ客が来なくて当然だ」

「腹を膨らませるだけなら効率的な店だぜ。値段はやっすいからな」




 

 ヴィ―ドと別れたアラジンは飯屋の三階に案内された。


「ここだぜ。自由に使いな」


 部屋には食器や調理器具が置いてある。広さは中々で、学校の教室ぐらいには広い。


「元は物置か……?」

「おう! 母さんがここにある物は自由に使っていいってさ!」


 コップやスプーンなどの食器代が浮くのはありがたい。宿泊費も安く、いま金のないアラジンにとっては条件のいい部屋だ。


「なぁ! 今日も漫画作るのか!?」

「今日は疲れた。もうなにもする気はない」

「えー?」


 残念そうに目を背けるエマ。アラジンはエマの頭をポンと叩く。


「わかった。明日までに新作を一個描いてやる」

「マジで!? よっしゃー!」


 エマは「楽しみに待ってるからな―!」と手を振った後、内階段から一階へ行った。


「やっとこの重いバッグから解放される」


 バッグを床に置き、さぁベッドにダイブだー! と思って部屋を見渡すが、


「……ベッドがねぇ」

「元々ただの物置だったらしいからのう」

「仕方ない。ある物で作るか」


 アラジンは長机を二個くっつけ、テーブルクロスをあるだけ(6枚)重ねる。

 廃棄予定であろうボロボロのタオルを畳んで枕の大きさにし、枕代わりにする。

 急造ベッドに仰向けに寝て、寝心地を確かめる。


「どうじゃ?」

「……及第点ってところかな」





「完成、っと」


 エマのための短編ギャグ漫画を描き終えると、外はすでに暗くなっていた。

 アラジンはベッド側の窓から〈ジャムラ〉の夜空を見上げる。


「綺麗な星空だ」 


 この景色は忘れてはならないと、アラジンはデジカメで星空を撮る。


「おぬしの目的は果たせそうか?」


 アラジンの隣で星空を見ながらヤミヤミは問う。


「傑作を書ける力をつける。それがおぬしの本当の願いじゃろう。今日は一歩踏み出したように見えたが?」

「アレは俺の理想とする描き方じゃない。俺は自分の描きたいように描いて、傑作を描きたいんだ。他人に合わせて描くのは性に合わない。今日は生活がかかっていたから仕方なくここの住民に合わせて描いていたんだ」

「嫌々描いていたと?」

「そうだ」

「そのわりにはおぬし、描いている最中楽しそうにしていたがのう?」

「……幻覚でも見てたんじゃないのか」


 決して幻覚ではないと、アラジンにはわかっていた。読者の感性に合わせ、戦略を練っていき、その戦略がうまく機能した時の面白さ。


――格別な味だった。


 今まで自分の思うように描いて、読者のことはあまり考えず描いていたアラジンにとって、初めての快感だった。

 だが無理して描いていたのは嘘ではない。元々ギャグ漫画家ではないのにギャグ漫画を描くことはそれなりに無理を強いられていた。


 自分の描きたい作品、

 読者の読みたい作品、

 その境界線の先に、望むモノがあるのだと、アラジンはわかりかけていたのだった。


「ヤミヤミ」

「なんじゃ?」

「……感謝する」

「おう! もっともっと感謝せいっ!」


 漫画家として一歩上達した感触はたしかにあった。

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