第10話 試行錯誤

 問題点を頭の中でまとめる。


 1つ、読みづらさ。


(漫画を読み慣れていない連中にこのコマ割りは難解のようだ。ならば読みやすいコマ構成でいく。新聞の端にあるような縦並びの四コマでいこう)


 2つ、台詞の難解さ。


(あまり凝った言い回しや難しい言葉は伝わりづらい。相手を小学生程度と想定してわかりすい文章を心掛ける)


 3つ、制作環境。


(制作環境は最悪だ。とてもじゃないがまともな絵は描けないだろう。シリアスなストーリーに合う絵は描けない。――5ページ40コマ(1ページ8コマ計算)のギャグ漫画、とびっきりくだらないやつでいく! トーンは無し、B5ノートにボールペンで下書きなしの一発勝負だ!!)


 アラジンはノート、ボールペン、画板のみを出して制作を開始した。

 ボールペンを滑らせ、アラジンは漫画を描いていく。


 ヤミヤミはアラジンの漫画、そのある部分を見て驚いた。それはコマを分ける直線だ。


「なんの道具ももちいずに、よくこんなにも綺麗な線が引けるのう」


「定規を使わなくても綺麗な線が描けるし、コンパスを使わなくても綺麗な円を描ける。定規もコンパスも絵を描く上で使ったことはない」


「そ、それって凄いことではないのか?」


「ヤミヤミ、静かにしてくれ。――集中する」


 ヤミヤミは口を閉じた。ヤミヤミだけでなく、両隣の商人も声を出さなくなった。『この男の集中力を乱してはいけない』と勝手に体が判断したのだ。周囲に緊張感を与えるほどの集中力をアラジンははっしていた。


 しかしアラジンの手は2ページ目に差し掛かったところで止まる。


「ちっ!」


 アラジンは四コマ漫画の難しさにぶち当たった。


(1ページは勢いで描けたが、四コマで完結するネタというのは難しいものだな……!)


 四コマ漫画というのはある意味、誰にでも描けるものだ。

 複雑なコマ割りもいらないし、大仰な設定も必要ない。簡単に簡潔なものでいい。



 だが、その『簡潔に描く』というのが難しい。



 用意された尺はたったの四コマ。ここで起承転結を作らなければならない。

 アラジンにとってギャグは畑違いの分野だ。それにアラジンは複雑な設定や広い世界観が好きな漫画家、尺の少ない四コマギャグマンガというのは一番苦手な部類なのかもしれない。


(わかりやすく……簡潔に……起承転結を……)


 自分の苦手な範囲。触れてこなかった境地。

 だからこそ、アラジンには必要な壁だ。


(考えろ……いや、逆だ。。もっと思考を緩めろ。考えすぎれば四コマの範囲を超え、崖から落ちる)


 アラジンは徐々にペンを動かし始める。


(まったく、俺が追い求めていた漫画とはかけ離れたモノを描いているな……!)


 1時間で5ページのギャグ漫画は完成した。

 日本で売れば10円の価値も無い、くだらない内容のギャグ漫画だ。


「おーい、できたかー?」


 褐色肌の黒髪の少年がアラジンのもとを訪ねる。先ほどアラジンが約束していた少年だ。


「ほら、読んでみろ。特別にタダだ」


 少年はアラジンから漫画を受け取る。

 アラジンとヤミヤミは頬を擦り合わせながら少年の反応を待つ。


「ぷ」


 小さな笑い声が、少年から漏れた。


「あはははははっ! なんだこれ、腹いてぇー!!」

「……面白いか?」

「おもしろいおもしろいっ! これなら絶対売れるぜ!」

「そ、そうか」


 目の前ではしゃぐ少年。

 アラジンは右手で表情を隠す。


「なんじゃおぬし、ガラにもなく照れておるのか」

「……っ! やかましい、そんなわけあるか!」


 アラジンはすぐにまたノートに漫画を描き始めた。


「なにをする気じゃ?」

「今は印刷するすべがないからな、直筆で量産するしかない。10組分、今から描く」

「正気か!? これを描くのに1時間かかっておるのじゃぞ!? 10組も描くとなればどれだけの時間がかかることか……」

「ただ写すだけだから1組5分で出来る」

「そんなこと無理に決まっておるじゃろう、に……」


 ヤミヤミはアラジンのペンの速さを見て言葉をひっこめた。


「こやつ……!」


 アラジンのペンの速さは残像が見えるほどだ。


 アラジンの言葉に嘘はなく、アラジンは5分で1組作成した。

 驚くべきは速度だけではない、写しの精度も異常だった。

 オリジナルとコピーで一切の差異がない。進化も退化もない。1本1本の線の長さまで同じだ。


「すっげぇ」


 漫画どころか絵も描かない少年ですら、アラジンのおこなっていることの異常さを理解できた。


「ちょうど1時間ってところか。これで完成だ」


 アラジンはノートからページを切り取り、ホッチキスで合わせた後、シートの上に並べる。


「さてと、これ全部売るぞ」

「俺も手伝うぜ! タダでこんな面白いモン読ませてもらったからな!」


 少年が客を呼び込み、アラジンが1ページ目のみを試し読みさせる。

 中年以上の人間にはウケが悪かったものの、若年層には大ウケであり、


「これ、続きはないのかい?」

「面白いなぁ、絵が喋る本なんて初めてだ」

「あははははっ! おっかし~」


 いつの間にかアラジンの店の前には人だかりができていた。漫画は完売し、回し読みが始まっている。


(なんだ? この感情は……)


 アラジンは自分の胸に溢れる高揚感を不思議に思った。

 自分が描きたいモノではなく、他人を喜ばせるためのみを意識して描いた作品。アラジンが望む形ではない漫画だ。なのに、喜んでいる彼らを見ていると満たされていくものがある。


「とにもかくにも、これで金はできたのう」


 ヤミヤミの言葉で我に返る。

 1組500オーロ×10、5000オーロをアラジンは手に入れた。


「なぁ、この辺りで料理を出す店はあるか?」


 少年に問う。


「俺の家飯屋だから来いよ!」


 アラジンは少年の言葉に甘え、彼の家に行くことにした。


「ここが俺の家だ!」


 連れてこられたのはボロボロの干しレンガ三階建ての建物。

 一階の飯屋に入ると、厨房で鍋を振っているおばちゃんが少年を睨みつけてきた。


「コラ、エマ! 手伝いサボってどこ行ってたの!?」

「わるい母さん。この兄ちゃんに仕事を手伝ってほしいって頼まれてさ」

「エマ? お前、エマって名前なのか?」

「そうだけど。なんか変か?」

「いいや、女みたいな名前だと思ってな」


 しかしここは異世界。日本基準で女っぽい名前でもここではそんなことはないのかもしれない。


「俺は女だ。ほれ」


 エマは自分の短パンと下着パンツを下ろし、下半身を丸出しにしてアラジンに披露した。


「なっ……!?」

が付いてねぇだろ?」


 8歳程度だとまだ羞恥心というモノが完全に形成されていない。ゆえの大胆行動。

 アラジンの目にはたしかに男の象徴たる細長い物体は映らなかった。


「エマ!! なんってはしたないっ!」

「いたっ!? 殴んなくたっていいじゃんか!」


 エマは母親の拳骨を頭に頂戴し、ズボンを穿いた。


「で、お前さんはここへ何用だい?」

「食べ物が欲しい。腹が減って死にそうなんだ」

「あらま! お客さんかい!」

「俺が連れて来たんだぜ! あとで小遣いくれよ!」

「はいはい。待ってな、いまメニューを持ってくるから!」


 アラジンは改めて店内を見渡した。

 席は多くある、なのに客はゼロだ。

 大丈夫だろうな……と不安を抱きながらテーブルにつく。


「ほい、これがメニューだ」


 エマがメニュー表を持ってきた。

 アラジンはメニューを眺める。


「おぉ! 知らない食べ物ばかりだな」


 メニューに載っていたのはアラジンの世界にはない物ばかりだった。


「砂カニチャーハンとモグラワニ肉の塩焼き、デザートにボールバナナを頼む」

「水はいらないのか?」

「水は頼まないとこないのか?」

「いまは水が貴重だからな! 有料だ!」

「……この国は水不足なのか」


 砂漠の国、と聞くと水が不足しているイメージがあるのは荒神が漫画脳だからだろうか。


「いまだけだよ。あと2週間ちょっとすれば水霊の儀ってのをやって、水がいっぱいになるんだ!」

「水霊の儀?」

「水の精霊を呼び出して雨を降らせる儀式のことさ」

「へぇ! そんな儀式があるのか。是非とも見てみたいもんだ」

「それより、注文はさっきのでいいのかよ?」

「いや、水も追加で頼む」

「おっけー」


 エマは注文を厨房に届けに行った。


「ア~ラジン」

「ん?」


 エマと入れ替わるように、男が向かい側の席に座った。

 顔を白塗りにした三つ編みの男だ。


「こやつはさっきお前さんを助けてくれた……」

「ヴィ―ドだったか。なにしに来た? 飯は譲らないぞ」

「いらねぇよ。ここの飯はまず――」


 ゴツン! と軽快な音が鳴り、エマ母の拳骨がヴィ―ドをテーブルに叩きつけた。


「余計なことは言わないの。ヴィ―ドちゃん♪」

「……うす」


(やっぱりまずいのか……客がまったくいないから薄々勘づいていたけど)


 ヴィ―ドは紙束をテーブルに置く。


「そいつは……」


 その紙束はアラジンの描いた四コマ漫画だ。


「部下を通してコイツが俺のとこまで届いたんだ。読んでビックリしたぜ、今年一番笑っちまった」

「それはよかったな」

「こいつはお前が描いた物で間違いないな?」


 紙についたホッチキスの芯を指さし、ヴィ―ドは言う。


「もちろんだ」


 商人ヴィ―ドはニヤリと笑う。


「なぁアラジン、俺と組まないか?」

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