第9話 異世界漫画披露会

「売るのは当然漫画だ。以前書いた短編20ページを10刷りほど持っている。日本語の台詞をこの国の言葉に書き換えればすぐに売れる」

「そうなると問題は売る場所じゃのう」


 アラジンは近くを歩いていた老人を呼び止める。


「すまない、この辺りで許可なく物を売れる場所はあるか?」

「それなら野良商店街に行けばいい。そこの十字路を右にずっと行き、突き当りを左だ」

「野良商店街? わかった、ありがとう」


 老人が教えてくれた場所へ行く。


「ここか」


 長い一本道。

 シートを床に敷き、そこに物品を並べる者達が居た。フリーマーケットのような空気感である。


「少し話を聞いてもいいか?」


 アラジンは物売りの1人、髭を雑に生やした男に声を掛ける。


「ここは初めてなんだが、空いているペースは勝手に使っていいのか?」

「ああ、問題ない。ここはルール無用で物を売っていい場所だからな。ただし、3つ暗黙の了解がある。1つ、1日にここを使用していいのは8時間。8時間スペースを使ったら退かなければいけない。2つ、持ち場を離れるのも原則禁止。3つ、あそこの貯金箱を見ろ」


 アラジンは男の指さす方を見る。

 そこには真っ赤な筒があった。筒には丸い穴が空いている。


「商売が終わったら売上の1割をあそこに入れること。この場所を使った感謝の意を示すんだ」

「わかった。その3つさえ守ればあとは自由なんだな?」

「そうだ」

「教えてくれてありがとう」


 アラジンは空いているスペースを見つけ、そこに腰を落ち着けた。すると、シートを持っていないアラジンを見かねてか、隣の干からびた枝を咥えている男性が無言でボロボロのシートを渡してきた。アラジンは頭をぺこりと下げ、そのシートを床に敷き、言語を書き換えた短編をとりあえず3刷り分並べた。


「最初の5ページは無料で見せよう。続きが見たければ金を払え作戦だ」

「値段はどうする?」

「さっきリンゴのような果物が100オーロ(オーロはこの国の通貨単位)で売っているのを見た。その5倍、500オーロで売ってみる」


 短編としては高めの値段設定だが、この国には漫画という文化はないだろうと予想の元、希少価値から考えて掲げた値段だ。

 待つこと5分。

 最初に店に来たのは8歳ほどの少年だった。


「おにーさん、これなに?」

「これは漫画というものだ。読んでみるか?」

「うん!」


 アラジンは最初の5ページだけを少年に渡す。

 少年は1分ほどで5ページ読み、感想を一言。


「よくわかんない!」

「はぬ?」

「どう読んでいいのかもわからないし、言ってることもよくわからなかった」

「ちっ、お前のような小僧にこの芸術性が理解できるはずもない」


 アラジンは少年から原稿を取り上げる。


「お前は幼児向けの絵本でも見てろ」

「むぅ。なんだよ、感じ悪い!」


 ベーッと舌を出し、少年は去った。


「苦戦しそうじゃのう」

「まだまだこれからだ」


 しかし、次の男性客も、


「読み方が難しいな。試みは面白いと思うけど」


 次の女性客も、


「こんな変な書き方しないで普通に一枚絵で描いたらどう? 絵は上手いけど、周りの文字が邪魔に感じるわ」


 それからも数人読んでくれたが、買ってくれた人間は1人も居なかった。

 虚しい腹の音だけが鳴り響く。


「ほら言ったじゃんか」


 一番初めに漫画を読んだ少年が戻ってきてそう言った。


「この国の人間は漫画とやらを読んだことがない。われのようにスーパー頭脳を持っていなければいきなり綺麗に読むのは難しいじゃろう。もっとこの国に合わせた漫画を描いてみたらどうじゃ?」

「それは俺の求める漫画家の形じゃない! 俺が好きなように描けなきゃ意味がないんだ! 俺が読者に合わせるのではなく、読者が俺に合わせるんだ!」

「そんなこと言ってる場合か? このままでは餓死するぞ?」

「くっ……!?」


 アラジンはすっからかんの腹を押さえ、「やむなしか」と覚悟を決める。


「おい小僧、1時間後にまたここへ来て俺の漫画を読め」

「いいけど、今度こそ面白いの読ませてくれるの?」

「ああそうだ、今度こそ面白いモンを読ませてやる!」

「わかったよ。そういうことなら来てあげる。期待はしてないけどね」


 少年が去ったところで、アラジンは腕を組み、考え込む。


(まさかこの俺が読者に合わせる日が来るとはな。背に腹は代えられない、やるからには全力だ)

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