第4話 三つの世界

「ファンタジーの世界……じゃと?」

「そうだ。ファンタジーの世界、というより異世界と言った方がいいかな?」


 ヤミヤミは「ふむ」と考える。


「よかろう」


 あっさりと承諾したヤミヤミ。荒神は思わず口角を上げた。


「この願いを叶えられるということは、異世界は存在するのか!」

「世界というか宇宙は3つ存在する」

「宇宙が3つも?」

「そうじゃ。仕方あるまい、ちょちょいと授業をしてやろう」


 ヤミヤミはなにも無い所から眼鏡を出し掛ける。チョーク付き指示棒、黒板を続けて出現させ、黒板に3つの地球を描いた。


「3つの宇宙に存在するそれぞれの地球は同じような歴史を刻んでいた。分岐したのは6600万年前! さぁアラジン君! この時地球で起きたことを答えなさい」


 荒神はネタ帳を出し、ボールペンを持った。


「興味深いな。6600万年前というと、小惑星が地球に激突し恐竜が滅亡した時だ」


「その通り! 小惑星が地球に激突した瞬間に3つの地球は別々の歴史を辿り始めた。

 ある地球では小惑星がぶつかっても大半の恐竜は。小惑星が衝突した余波で地球が冷えようとも、恐竜は必死に抵抗しみずからを進化させ生き延びたのじゃ。進化した恐竜が今になっても生存し、人間は生まれてすらいない。この世界を精霊界と呼ぶ」


「ほうほう」


 荒神はネタ帳にペンを走らせる。


「惑星が衝突しても恐竜が進化しなかったのが、俺の居るこの世界ということか?」

「そうじゃ。この世界は人間界と呼ぶ。そして最後、3つ目の世界は精霊界と似た道を歩んだ。惑星が衝突し、たった1匹の恐竜のみが進化し、その恐竜が人類史まで生きた世界。進化した恐竜は人類を滅亡させようとしたが、人類の抵抗にあえなく撃沈。恐竜は人に食われた。進化した恐竜を食べた人間が特別な力……魔力を手に入れた世界。その名も魔法界」

「へぇ! 本当だとしたら面白い設定はなしだ! なら、俺のことを精霊界か魔法界に連れて行ってくれるのか?」

「精霊界は他2つの地球に比べ人間が生きられるようにできておらん。だからおぬしが行くのは魔法界ということになるな」


 荒神はネタ帳を閉じる。


「決まりだな。一つ目の願いは『魔法界への転移』としよう」

「うむ! たしかに承った! それじゃさっそく……」

「いいや待て! 色々と準備が必要だ。人間界と魔法界の流れる時間は一緒か?」

「一緒じゃ。全ての宇宙は同じ時を刻んでおる」

「だったら長時間一人旅に出ると編集に言わなくてはならないな。出発は2日後にしよう。明日はまだ学校もある」


 それから荒神は約一か月家を離れることと、連絡がつかないことを編集に告げた。

 編集から返ってきたメールには『はじめて私の意見を聞いてくれたね。楽しんでおいで』と書いてあった。


――次の日。


 荒神の通う高校の終業式の日。

 荒神が朝起きると、青肌の魔神はプカプカと宙に浮きながら、どこから集めたかわからないあらゆる国々のガイドブックを読み漁っていた。


「うぅむ……やはりまずはハワイに行ってみるか。いやしかし、ラスベガスとやらも興味深い」

「……なにをしている、魔神」

「明日旅立つということは、われが人間界に居られるのは今日までということじゃ。今日中に世界各国を周り、人間界のあらゆる娯楽を堪能する!」


 ヤミヤミは星の形をしたサングラスをつけ、アロハシャツを装着した。ヤミヤミの周囲には漫画だったりゲームだったりブルーレイだったりが浮かんでいる。


「100年後の人間界を満喫じゃ!」


 ヤミヤミは壁をすり抜け、空を飛ぶ。


「……昨日の事は夢じゃなかったみたいだな……」


 流れ星の如く空を駆けていくヤミヤミを見て、そう呟く荒神であった。





 通学路を歩きながら、荒神は変な感覚に身を包まれていた。

 いつも通りの通学路、なのにいつもと違う感情を抱く。


(俺が願えばいますれ違ったまったく知らない女子高生と付き合うことができる。いま通り過ぎた銀行から、ノーリスクで金を盗むことができる。俺の家から学校まで通学バスを走らせることも可能だ)


 そう考えていく内に、なぜだか冷や汗が止まらなくなっていた。


(テレビで偉そうにふんぞり返っている政治家を小間使いにできるし、アスリートの強靭な体も、アイドルのような容姿も、なにもかも手に入る。不老不死、全知全能。なにもかもが――)


 “なんでも願いを叶える力”。

 その力の恐ろしさに、今になって荒神は気づき始めた。


「うっ!?」


 荒神は不快感に襲われ、公園のトイレに駆け込み、便器に朝食べた物をぶちまけた。


「考えすぎると駄目だな。しかし……ははっ、これも良い経験だ」


 吐いた物を流し、ハンカチを口に咥え、洗面所で手を洗う。


(“願いを三つ叶える”という力。10人がこの力を手に入れたとして、幸福になれるのは1人か2人だろうな)

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