第2話 魔神・ヤミヤミ

中々なかなか、汚れが落ちないな……!」


 家に帰った荒神はシャワーを浴びながらオカリナをたわしで洗っていた。

 茶黒い錆とほこり、緑の苔がへばりついている。根気強く5分も洗い続けると徐々に汚れは取れていき――


「これは――!?」


 オカリナは金色の光沢を放つまでになった。

 ツルツルのオカリナを手に取り、指で撫でる。


「本物の黄金じゃないよな? まさかな……」


 商人の話によると、磨いたオカリナを吹けば魔神がオカリナから出てくるらしい。

 そんなわけないと思いつつも、ここまでやったからには最後までやり遂げよう。荒神はオカリナを持って風呂場を出る。


「千夜さん」


 更衣室を出た荒神を、老婆が呼び止める。

 彼女は荒神の祖母だ。


「ちっ」


 荒神は舌打ちし、祖母と目を合わせないようにした。


「また、出版社へ行ったのですね?」


「だからどうした」


「いつまで漫画などというくだらないモノに関わるのですか? 書道の名家で生まれ、書道の才に恵まれるという豪運をなぜかそうとしないのですか?」


 荒神家は代々優れた書道家を生み出してきた家だ。

 荒神千夜は書道家荒神の血を濃く引いており、書の道を進めば必ず成功すると断言できるほどの才を持つ。だが彼は書道家の道を捨て、漫画家の道を選んだ。その件について、荒神家は全否定している。


「やかましい。俺の道は俺が決める。アンタらには従わない」


 祖母は目を細め、小さくこう言った。


「……恩知らずめ」


 その祖母の言葉には心底腹が立ったが、関わるのは無駄だと判断し、無視して二階の自室へ向かう。


 ふすまを開け、自室(和室)へ入る。


「漫画で稼いだらすぐに出て行ってやる!」


 荒神はオカリナをたたみに置き、隣に唐揚げカレーの入った容器を置く。


「オカリナなんて吹いたことないけど」


 荒神はオカリナを手に持ち、口を付け、空気を送り込む。

 まったくド素人の荒神だが、オカリナは綺麗な音を出した。


「さて、どうなるか」


 カチ、カチと、部屋の時計が時を刻む。

 30秒過ぎた頃、荒神は溜息をついてその場に寝転がった。


「出るはずないか……」


 そう言って瞼を下ろした時だった。


「むぐっ! こりゃ美味い! 唐揚げをカレーに入れるとはなんたるイマジネーション! 100年の間にカレーの味も進歩したものじゃのう」


「……っ!!?」


 突然、幼い女の声が聞こえた。

 スプーンでプラスチックの容器を叩く音が響く。

 荒神はガバッと体を起こし、皿を置いた方を見る。


 そこに居たのは青い肌で、中学一年生ほどの容姿の女子だった。着ているのはブラジャーぐらいの面積の肌着と、丈の長いぶかぶかのズボン。頭にはティアラをつけている。まるでベリーダンスの衣装のような服装だ。

 肌の色はともかく、姿形は人間そのもの。だが肘から手の先までは特殊で、ごつい鱗のようなもので覆われている。


 荒神は目の前に突然現れた少女に驚きつつも、まず窓を見た。


「窓は閉まっている」


 次に部屋のふすまを見る。


「ふすまを開いた音も閉じた音も聞いていない。ということはだ、扉や窓を介さずに部屋に入ったということ。そんなことができるのは……」


 『超常の存在のみ』。

 荒神は改めて視線を少女に戻し、目をキラキラと輝かせた。


「お前、魔神か!」

如何いかにもわれは魔神じゃ。そう驚くな、別に魔神など珍しくも無い」

「珍しいわ!」


 想像と違う魔神の姿に荒神は驚きを隠せない。


(魔神といえばガタイの良い中年男性をイメージしていた。魔神がまさかこんな少女だとは……)


 魔神はカレーを平らげ、腹をほんのり膨らませる。


「ぷはーっ! 食った食った~!」

「食ったなら早く名乗れ。魔神」

「不敬な奴じゃのう。少しぐらい待たんか!」


 魔神はゴホンと咳払いし、


「われの名はヤミヤミ! 100年に1度現れ、願いを3つ叶える魔神である!! 『願いを増やす』以外の願いなら大抵のことは叶えてやるぞ。坊主、おぬしの名前を教えよ」

「荒神千夜だ」

「むぅ、アラガミか。なんとも呼びにくい名前じゃのう。荒神、荒神……よし! おぬしのことはアラジンと呼ぼう! うむ、こっちの方がしっくりくる!」

「……」

「む? なんじゃ、その顔は?」

「すまないが、お前が魔神だという証拠を見せてくれないか? こうして話しているとただの人間にしか思えない」


 魔神ヤミヤミは得意げな顔をして、足を組んだ。するとヤミヤミの体は宙に浮いた。

 ヤミヤミが手を叩くと部屋の内装がインド風のモノに変わり、口笛を吹くと象の鳴き声が外から聞こえた。


「まさか……!」


 荒神は窓から外を見る。すると部屋の庭で象が一頭歩いていた。祖母や家政婦が象を見て腰を抜かしている。


「どうじゃ? これでわれが魔神だと――」

「信じる信じる!! 信じるから早く象を消せ!!」


 ヤミヤミは指を振り、いまおこなった全ての摩訶不思議現象を打ち消した。

 外は大騒ぎになったが、ヤミヤミが魔神だということは信用できた。


「……本当に魔神なんだな……」

「そう言っておるじゃろうに」

「いやー、驚いた。魔神が存在するなんてな……よし、もういいぞ」

「『もういいぞ』、とは?」


 荒神はニッコリと笑って、


「もう帰っていいぞ。本物の魔神を見れただけで満足だ」

「いや、待て待て。んん? おかしいぞ? われは願いを叶える魔神じゃぞ?」

「そうらしいな」

「わかっておるなら願いを言え! おぬしの願いを叶えるためにわれは出てきたんじゃ!」


 荒神は腕を組み、「うーん」と唸る。

 願いを叶える魔神を前にして、荒神は思いもよらぬことを言い出す。


「すまないが、お前に叶えて欲しい願いはない」

「なにゆえっ!!?」

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