アラガミと魔法のオカリナ ~青い魔神(美少女)が願いを叶えてくれると言うので異世界に連れて行ってもらった~

空松蓮司

第1話 漫画家・荒神千夜

--------------------------


 那楼なろう社漫画賞評価シート(全項目5段階評価)

 作者:荒神あらがみ千夜せんや

 作品名:七宝しちほうつるぎ

 オリジナリティ:3

 キャラクター:1

 演出力:2

 構成力:1

 画力:5

 結果――落選


--------------------------



「ふざけるなぁ!!」


 青年は評価シートをちぎり捨て、テーブルを叩く。

 彼の名は荒神千夜。連載を目指す漫画家の卵である。現在15歳、頭に“ド根性”と書かれたタオルを巻いているのが特徴的だ。


「どうしてこの芸術を理解できないっ! 俺の漫画はこの世のどの漫画より面白いに決まっている!」


 彼の担当である高宮編集は黒ぶちの眼鏡を掛けた三十路の女性だ。

 高宮編集はコーヒーを一口飲み、冷たい態度で言葉を返す。


「君の画力素晴らしいものだ、本誌の先生方と比べてもレベルが高い。だが話が良くない」

「話……?」


 荒神は納得できないと表情で示していた。


 荒神は自分のストーリーに絶対の自信があったのだ。小学生の時から授業中はずっと自分の作った世界を旅していた。暇さえあれば頭の中でファンタジーの世界を想像していた。とてもとても面白い世界だ。こんな面白い世界を独り占めするのは勿体ない、そう思いながらいつもペンを握っていた。


 絵の勉強は数えきれないほどやった。けれど話の勉強はしたことがない。

 自分には天性の想像力があると、そう信じていたから。


「評価シートにも書いてある通り、キャラクターが全体的に薄っぺらいんだ。ストーリーも複雑で、説明足らず。設定の量もなんだいこれは? 短編のボリュームじゃないよ」


「ちっ! 見る目が無さすぎる! 台詞1つ1つの深みを、審査員が理解できていないんだ! 頭の良い人間なら、この漫画の素晴らしさがわかるはず――」


「天才にしか理解できない漫画に、価値はないよ。荒神君」


 高宮編集は冷たく言い切る。


「漫画を見る人間の過半数は凡人だ。凡人に理解できない漫画が売れるわけないだろう。いいかい荒神君、傑作を描くには2つの感性が必要だ。独創性の塊のような天才的感性と、自分の作品を客観的に平均的に見れる凡人的感性だ。……君は後者が欠けている」


「……馬鹿にもわかるように作れということか?」


「そういった他者を見下した考え方をまず改めなさい」


 なにも理解できていないな、と高宮編集は溜息をもらす。


「荒神君。明後日から夏休みだったね?」

「だからなんだ」

「夏休みの間、漫画を描くことを禁止する」

「はぁ!?」

「一度漫画から離れ、普通の暮らしをしなさい。友達と遊んだり、夏休みの宿題に四苦八苦したりね。どこかへ旅行に行くのもいい。そうだ、世界遺産でも見に行ったらどうだい? 私は世界遺産マニアでね、おすすめは……」


 荒神は椅子を強く下げて、立ち上がる。


「……帰る」


 荒神は高宮編集に背を向け、その場を去った。


「うん。またね」と高宮編集は手を振った。



 荒神は那楼社の本社ビルを出る。

 頭の中では編集からのダメ出しの数々が泳いでいる。


(駄目だ……落選のショックがまだ抜けない)


 荒神はこれまでで一番時間をかけて応募した。自信作だった。

 それが一切通用しなかった。

 体の髄まで脱力している。


 駅にまっすぐ行く気にもなれず、まったく知らない道へ歩を進める。


(凡人的感性なんてくだらない。どうして俺が凡人に合わせなくちゃならない? くそ! くそ! くそ!! 本当に自信作だったのに……あれでダメなら一体なにを描けばいいんだ!?)


 荒神は頭を振り、右拳を握る。


「ええいっ! 悩みなど俺らしくない!! いつの時代も天才とは理解されぬもの。そうだ、俺は悪くない! 審査員も編集も無能ばかりなんだ!!」


 高宮編集の指摘は一切意味をなさなかったようだ……。

 

「あんちゃん、そこの独り言のうるさいあんちゃん」

「ん?」


 荒神は声を掛けられ現実に意識を戻す。

 いまになって荒神は自分が路地裏に居ることに気づいた。


(いつの間にこんな場所に……)


 荒神に声を掛けたのは中年の男。風呂敷を地べたに敷いて、その上に怪しげな品の数々を並べている。


「どうだい、ウチの商品買っていかないかい? 悩みが一気に解決するよ」

「ここは……なにを売っている店だ?」

「掘り出し物とだけ言っておこう」

「怪しいな」

「正直なあんちゃんだね」


 品にはそれぞれ商品名付きの値札が付いている。荒神は並べられた品を順々に見ていく。


 右から順に万年筆、フルート、羽ペン、縦笛、ボールペン。


「ペンとか笛ばかりだな……」


 荒神は品を見ていって、とある物品に目を留まらせた。

 それはオカリナ(笛)だ。ボロボロの、今にも崩れ落ちそうなオカリナである。


 “願いを叶えるオカリナ 500円”


 明らかにゴミ捨て場から拾ってそのまま売りに出している感じだ。

 だけど荒神は、不思議とオカリナから目を離せなかった。


「このオカリナはなんだ?」

「書いてあるだろう? 願いを叶えるオカリナだよ。このオカリナをピカピカにして、オカリナを吹くと魔神が現れるのさ。とてもとても可愛い魔神だ。その魔神がオカリナを磨いてくれたお礼に願いを叶えてくれる」


「魔神か! 本当にいるのなら見てみたいもんだ」


 まぁ500円ぐらいなら。と荒神は財布を取り出した。


「オカルトは嫌いじゃない。そのオカリナ貰おう」

「ありがとさん」


 荒神はオカリナを買って、それをカバンに詰めて場を離れようとする。


「あ、待った!」

「なんだ?」

「魔神を呼ぶ際はカレーを用意しておくといい。魔神の機嫌が良くなる」

「? わかった」


 駅に向かって歩く。

 怪しい店を離れて5分ぐらいした頃、荒神は溜息をついた。


「……今更ながら、無駄な買い物をしたな」


 魔神なんて居るはずもなし。と、言いつつも、荒神は弁当屋に入る。


「唐揚げカレー、1つ」


 そう店員に言ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る