第31話 ヒメ

 〈アース城〉一階、渡り廊下。

 そこをラメールは歩いていた。


「待てよ」


 柱の陰から黒髪の少女――シグレがラメールを呼び止める。


「……ここに来てから初めて声をかけてきたな」


「最初で最後だ、バカ兄貴」


 シグレの表情は厳しいものだ。

 一方、ラメールは余裕の表情で煙を吹かしている。


「なんの用だ? 俺はお前に構っているほど暇じゃない」


「……フレンに手出すな」


「あぁ?」


「アイツはおれが育てる! お前の手は借りたくない!」

 

 ラメールは見透かしたように笑う。


「アイツに俺を倒させるためか?」


「――っ!?」


 シグレは図星をつかれた。


「アホらしい」


 ラメールは冷たい声色で言う。


「そのノートがお前のプランか? 見せてみろ」


 シグレの手にあるノートを見て、ラメールは言う。

 フレンのために用意した特訓メニューが書かれたノートだ。


 シグレは渋々ノートをラメールに手渡す。

 ラメールは数秒でノートに目を通し、「ふん」と鼻を鳴らした。


「おれのプランなら間違いなくフレンのトップスピードは伸びていた。もっと楽に勝ててたんだ!」


「このプランが最善だと思ってるなら、お前に他人を育てる資格はねぇよ」


「なんだと……!」


「確かにトップスピードは上がる。このプランでもロクスケに勝てただろう。だが、このプランは先を見据えていない。フレン=ミーティアという騎手の未来をな」


「どういう意味だ……?」


「アイツにいま必要なのはトップスピードの上昇ではなく、飛行時間の延長だ」


「……お前のやり方じゃ、ロクスケに勝てるかどうか五分五分だったろ!」


「いいや、アイツには特別な耳がある。常人をはるかに超えた耳がな。アレがあれば負けはないと踏んだ」


「耳……? アイツ、耳がいいのか? あのバカ、おれには一言も……!」


「フレンを責めるのか? とことん愚かだな。フレンは恐らく、お前なら言わずとも気づいていると思ったんだろう」


 シグレはラメールの言葉を受け、悔しさから顔を赤くする。


「俺は言われずとも気づいたしな。

――いいかバカ、飛行時間はイコール練習時間に直結する。まず飛行時間を伸ばし、その後で多くの時間を速度アップの訓練についやした方が遥かに効率的だ。お前は目先の勝負に囚われて、長いプランでの育成を考えていない。それにロクスケとは接戦をした方が得るものが多い。フレン自身にも、ロクスケにもな。お前のこのプランは……」


 ラメールはノートをポン、とシグレの頭に乗せた。


「不合格」


 ラメールはすれ違い、歩いていく。

 シグレは振り返り、涙を溜めた顔で、



「――だいっきらいだ……!!」



 その言葉を受け、涙声を聞いて、ラメールは一瞬足を止め、また歩き出した。



 ---



「せっかく祝勝会やろうと思ったのに、シグレのやつ……『野暮用がある』とか言って断りやがってよ」


「まぁまぁ、また別の日にやればいいじゃないですか」


 オレとノラヒメは学校から寮へ続く道を歩く。


「その……フレン君、改めてありがとうございます。フレン君のおかげで、私はレヴァと和解できました」


「そんな大したことしてないけどな。ま、少しでも力になれたのなら良かったよ」


 あ。と、オレはノラヒメに話したかったことを思い出す。


「なぁノラヒメ、相談があるんだが」


「そ、相談ですか……」


「そんな身構えなくていいよ、別に深刻なことじゃない。ずっとお前のことノラヒメって呼んできてたけど、オレもシグレみたいに“ノラ”って呼んでいいか?」


「え?」


「その方が呼びやすいし」


 ノラヒメは足を止め、なぜか顔を下に向けた。


「だ、駄目です!」


「え……」


 聞いておいてなんだが、まさか断られるとは思わなかった。地味にショックだ。


「えっと、違うんです。嫌とか、そういうわけじゃなくて……」


「じゃあどういうわけだよ……」


「えっとですね」


 ノラヒメは何度か言葉を詰まらせた後、


「フレン君には“ノラ”じゃなくて……」


 ノラヒメはなぜかもじもじしている。

 ノラヒメは顔を上げる。ノラヒメの顔はリンゴのように真っ赤に染まっていた。


「ひ、“ヒメ”って呼んでほしいです!」


「はぁ?」


 散々言い淀んでなにを言い出すこと思えば……別に“ノラ”でも“ヒメ”でもどっちでもよくないか? まぁノラヒメがそう呼んでほしいのなら、


「わかった。じゃあこれからはそう呼ばせてもらうぜ――ヒメ」


 ヒメは満面の笑みで、「はい!」と頷いた。

 なんでそんな嬉しそうなのかはわからないが、うん。とても可愛い笑顔だった。

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