第26話 トライアスロンリレー スタート前

 4月19日。

 トライアスロンまで13日。

 騎乗訓練の授業で、オレはいつも通りロデオマシンに対応していた。


「右、左、左、前、右、前、後ろ、右」


 ロデオマシンの動きに合わせて重心を緩やかに移動させていく。

 最初はこのロデオマシンをただの嫌がらせだと思っていたが、


「……」


 あの男、ラメール。

 アイツがソラを語る姿を見て、オレは考えを改めた。


――もしかしたらこれはなにか意味のあることじゃないか、と。


 ラメールは吐かれた腹いせに嫌がらせをするような器の小さい人間ではないと、そう感じたのだ。


「前、後ろ!」


 目標は授業時間90分ノーミス!



---



「左、前、前!」


 どれくらいったかわからない。


 数分か、それとも数十分か、時間の感覚がまったくない。

 ひたすらロデオマシンを乗りこなすのみ。


 真っ赤な太陽が肌を焼く。

 汗が視界を歪ませる。


 関係ない。集中……集中……!


「ふっ! ふっ! ふっ!」


 いける。コツは完全に――

 ツル。


「お!?」


 重心の移動は完璧だった。

 なのに汗で足が滑った! まじぃ、疲労で受け身が間に合わない!


――ドン!!


 久々のスピンアタック。


 仰向けになり、目を瞑り、呼吸を整える。


「はぁ……はぁ……はぁ……! ぼほっ!?」


 なんだ!?

 顔面になにか冷たい液体がぶっかかった。


 咳き込み、上半身を起こす。

 見上げると、ラメールが水筒を持って立っていた。


「なにしやがる!?」


「もう授業は終わりだ。帰れ」 


「え?」


 周囲を見渡す。

 ホントだ、全員引き上げ始めてる。


「90分……できたのか」


「どらぁ!」


 上からエッグルの声がした。

 見上げると、エッグルがバランスボールを背に乗せて縦横無尽に空を駆けていた。最初の頃はヨロヨロバランスをとりながら飛んでいたのに……。



 ◆◆◆



――5月2日。


 ロクスケ班vsフレン班、“トライアスロンリレー”当日。

 それぞれの騎手は、それぞれのスタート地点に立っていた。


 海竜スタート地点、密林。その湖の前にノラヒメとミツバは水着姿で立っている。

 地竜スタート地点、荒野。海竜組のゴール地点である湖の側にシグレとクウェイルは立っている。

 飛竜スタート地点、崖。フレンとロクスケは並んでいる。


 開始10分前。


 退学を賭けた勝負が始まろうとしていた。



――海竜組、スタート地点。



「恨まないでね」


 ミツバは言う。


「僕は間違ったことをしているとは思ってない。君たちは必ず、いずれ大きな事故を起こす。僕はそれを未然に防いでいるにすぎないんだ」


 ミツバの厳しい意見に、ノラヒメは怯まず反論する。


「事故は起きません。それを証明してみせます!」



――地竜組、スタート地点。



「なーんだ、シグレちゃんは水着じゃねぇんだな」


 クウェイルが言う。

 シグレは上はパーカーで、下は短パンを履いてた。基本、竜に乗る服は指定がない。パンツ一丁でもお咎めはなしだ。


「お前が勝ったら、好きな水着を着てやるよ」


「お! それはやる気が出る。シグレちゃんはボーイッシュだから、敢えてピンクの派手な水着を着せたいねぇ」


 シグレは自分がピンクの水着を着ている姿を想像して、「げぇ」と舌を出した。


「なぁクウェイル、1つクイズを出していいか?」


「クイズ?」


「ズバリ、今回の賭けにおけるロクスケのはなんでしょう?」


 シグレは悪い顔をする。


「そりゃ、フレンやノラヒメちゃんみたいな劣等生を追い出すことだろ?」


「ハズレ。ヒントはな、フレンとノラヒメがいなくなった時、おれがどうなるかだ」


「……」


「フレンとノラヒメがいなくなりゃ、おれは恐らく他の班に吸収される」


「……なにが言いたい?」


「仕方ない、もう1つヒントをやろう。アイツが最初にチームに誘ったのは、おれだ」


「なんだと?」


 クウェイルはその現場を見ていなかった。


「それにさっきアイツに言われたぜ。『この勝負が終わった話がある』ってな。一体なんの話だろう? ドキドキするぜ」


「……ちっ!」


 クウェイルの表情が曇った。シグレはニヤリと笑う。


(ま、最後のは嘘だけど)


 シグレはこの1ヵ月やってきたことを脳内で振り返る。


(おれがこの1ヵ月やったのは自分の強化じゃなく、相手の分析。そう、クウェイル。お前を調べたんだ)


 シグレはクウェイルのことを他の生徒に聞いて回った。そして理解した、クウェイルがどういう人間かを。


(お前の経歴を調べてビックリしたぜ。なんせお前はおれと同じスクールに居たんだからな。なぜおれがお前の存在を知らなかったか、それはお前が地竜ではなく、飛竜のクラスに居たから。飛竜クラスの第二位にお前は常にいた。おれはスクールの連中には興味がなかったし、別クラスなんてもってのほか。ロクスケはあっちから絡んできたから知っていただけ)


 クウェイルは飛竜クラスで、常にロクスケに挑み敗北し続けた。

 そして入学試験を目前にスクールを辞め、地竜に乗り始めた。


(なぜお前が飛竜から地竜へ転向したか。ロクスケに勝てないと悟ったから? いや違う。お前はロクスケとチームを組みたかったんだ。お前はアイツの後ろで飛んで、アイツの飛びに惚れちまったんだろ? お前がおれを気に入らないのはロクスケがおれを気に入っているからだ。つまるところ、こいつはおれに嫉妬している)


 ロクスケと組みたいクウェイルと、シグレと組みたいロクスケ。

 この三角関係をクウェイルは気に入らなかったのだ。


(……気持ちはわかるぜ。おれにも譲れない飛竜騎手が居る! この勝負は絶対に負けない。どんな手を使っても勝つ! 心理の揺さぶりも存分に使わさてもらうぜ)


 クウェイルのやる気が、明らかに過剰にあふれ始めていた。



――飛竜組、スタート地点。



「もう荷物はまとめたか?」


 ロクスケがフレンに言う。


「1ヵ月もあんな玩具で遊んでちゃ、もう飛び勘は腐ってんだろ。勝負は見えてる」


 フレンはなにも言わない。


「おい、なんとか言えよ!」


 ロクスケは隣のフレンを見る。そして、


「――っ!?」


 無言で驚いた。


 フレンの目は大きく見開き、口元は歪んでいた。視線は一点、空を見つめていた。

 ロクスケは眼中になかった。

 無邪気の圧力がロクスケに一歩引かせた。

 1ヵ月、空を飛べなかったフラストレーション。限界まで蓄えられた、空への欲求。

 勝負のこともなにも、フレンの頭にはなかった。


 あるのは1つの感情。




――『早く飛びたい』。


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