第22話 ノラヒメとレヴァ

 無音の空間。オレとノラヒメ以外の気配は無い。

 埃っぽく、古い木の匂いがする部屋だ。


――チャイムの音が鳴り響いた。


「……授業、始まっちゃいましたね」


 オレはノラヒメの隣にあるロデオマシンに座る。


「いいんですか……?」


「泣いてる女放っていけるかよ」


 と言ったものの、なんて慰めるべきか。


「……実は、ですね」


 オレではなく、ノラヒメから話を切り出してきた。


「朝言ったことは嘘なんです。

 レヴァは最初から暴走癖があったわけじゃありません」


「……なにか原因があったんだな」


「はい。レヴァが暴走するようになったのは――私のせいなのです」


 ノラヒメは俯き、話し始める。


「私がレヴァと会ったのは5年前のことです。私が10歳の時でした。レヴァは私のお父さんの竜とお母さんの竜の間に産まれた子供でした。両親の竜の子供であるレヴァに、私は運命を感じてすぐ大好きになりました」


 ノラヒメは楽しそうに語る。


「あの頃のレヴァも活発でやんちゃでしたが、私の言うことは守ってくれました。レヴァは他の竜より早く、体がどんどん大きくなっていって、1年ほどで今と同じくらいの大きさになりました。私は大きくなったレヴァに乗って、近くにある海に遊びに行くようになりました。あの頃は毎日が楽しかったです。でも……」


 話が進むにつれ、ノラヒメの声色が低くなる。

 多分……ここからが本題だ。


「ある日のことです。海に遊びに行った時、私の不注意で私はレヴァの背中から落ちてしまったのです。そのタイミングで、凄い速度で私に向かってくるサメがいました。レヴァは私のことを助けるために、雷のブレスでサメを焼き払いました……11歳の私はサメを消し去ったその巨大なブレスを見て、途端にレヴァが怖くなってしまったのです。それで――」


 ノラヒメは一度言葉を止める。そして震えた声で再び語り始めた。


「レヴァを海において、逃げるように私は1人家に帰ってしまったのです」


「!?」


「私が家に帰ってすぐ、嵐が私の故郷を襲いました。両親には『レヴァは封印してある』と嘘をついて、私は両親と一緒に避難所に避難しました。嵐が去った次の日の朝に私の嘘はバレて、私は両親に連れられレヴァの居る海に行きました。レヴァは……大木や鉄くずなどの漂流物と一緒に浜に打ち上げられていて、全身血まみれ、額には大きな傷ができてました」


 レヴァの額の傷、あれはその時についたもんか……。


「それから竜医に診せて、傷は治りました。でもそれからと言うもの、レヴァは私の言うことを聞かなくなりました……」


 ノラヒメは大粒の涙を流す。


「……全部、全部私のせいなんですよ……! レヴァのせいじゃない。私があの子の心に大きな傷を作ってしまったのです!」


 お前は悪くない、とは言えない。

 目の前であのブレスを、それも子供の時に見せられたらビビるのは当たり前だ。


 だからと言ってレヴァを海に捨てたのは擁護できない。レヴァみたいな強い竜だから生きることができただろうが、もしも普通の竜なら、嵐で荒れた海を騎手なしで乗り越えられるかどうかわからない。


 コイツがミツバに対してずっと後ろめたい顔をしていたのは、コイツ自身、ミツバと同じようにレヴァにビビったことがあるからか……。


「レヴァは、もう二度と私のことを信じません。どれだけ謝っても、レヴァは許してくれませんでした。ごめんなさい、フレン君。トライアスロンリレーはもう……」


――いいや違う。


「レヴァは、お前のことを信じてるよ」


 ノラヒメは「え」と顔を上げる。


「だって、アイツはまだお前の体におとなしく封印されてるじゃないか」 


 オレはノラヒメの太もも、竜紋のある場所を見る。


「ソラが言ってたぜ、竜が主人と認めてなきゃ封印はできないってな。それに、お前を背中に乗せてる時、アイツの心臓の音は落ち着いていた」


 ロデオマシンから降りて、ノラヒメの前に立つ。


「お前がレヴァと対面した時さ、お前、ずっと怖がってたろ。アイツが言うこと聞かないのはそれが原因なんじゃないか?」


「私が怖がってることが、原因?」


「だってよ、自分のことを怖がってるやつと仲良くできないだろ」


「……!?」


「アイツはきっと、またお前と一緒に遊びたいんだよ。昔みたいな関係に戻りたいんだ」


 あの日、隠れ岬のことを思い出す。


 レヴァは震えるノラヒメを見て、寂しい目をしていた。


「アイツが欲しいのは謝罪なんかじゃないんだ。ただ、ノラヒメの帰りを待っているだけなんだよ。あの頃のお前の帰りを、友達のノラヒメを待っているだけなんだ」


「そう、なのかな……そんな……」


 ノラヒメはまた泣き出す。


「怖がらずに1対1でちゃんと向き合えよ。

――一旦レースのことは忘れて、焦らずじっくりと」


「忘れるなんて……だって、レースに負けたら私だけじゃなくてフレン君も退学になるんですよ!」


「そん時はまた来年試験に受かればいいさ」


「――っ!?」


 オレが笑って言うとノラヒメは涙を拭い、笑顔を浮かべた。


「……はいっ! わかりました! やってみます!」


「おう! ――ところでノラヒメ、話は変わるけどよ」


「はい?」


 さっき、ノラヒメの話で1つだけ妙な点があった。

 聞き流してもいい部分だが、一応聞いておこう。


「さっきお前、5年前で10歳って言ってたよな?」


「――――――あ」


 そう、オレ達は14歳。

 誕生日が4月の上旬でない限り、14歳のはずなんだ。


 コイツは言ってた、『レヴァと会ったのは5年前、10歳の時だ』と。5年前で10歳ってことは、いま15歳ということになる。つまり――


「えっと、ですね……」


 えへへ。と顔を赤くして、ノラヒメは言う。


「わたし、一度試験に落とされてまして……その、ここを受験するのは2度目で、つまり」


 ノラヒメは悲しみからではなく、恥じらいから瞳に涙に溜める。


「――実は、フレン君やシグレさんより、1つお姉さんなのです……」


「……そうでしたか。すみません、これまで生意気な口ぶりで」


「ちょ、ちょっとやめてください! 今までと同じ態度で大丈夫です! そ、その、他の人にはバレたくないですし!!」


 慌てて手を交差させるノラヒメお姉さんはかわいかった。

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