第19話 前途多難
周囲を高い岩壁で囲まれた砂浜。
海から流れ込んだ海水がすぐそこまで来ている。
周りから見えにくいこの場所をシグレは隠れ岬と名付けた。
「ここなら竜が暴れまくっても死ぬのは3人だけだ」
シグレが言うとノラヒメがすぐさま「怖いこと言わないでください!」とツッコんだ。
「いい場所だな~。潮風が気持ちいい」
「今日の朝、この辺をスノーと走ってたら偶然見つけたんだ。ノラ、早速お前の竜……」
「レヴァイアサンです。レヴァって呼んでください」
「オッケー、レヴァを呼んでくれ」
「はい。でもその前に……よっと」
ノラヒメは白い指先をするりと自分の腰へ持って行き、そして――
「なっ!?」
なぜかノラヒメは制服のスカートに手を掛け、いきなり――スカートを脱ぎ始めた。
「うおおおぉ! なにやってんだお前!?」
オレは反射的に目を瞑った。
「なにって、着替えですよ?」
「着替えって、男の前で着替える奴があるか! お前あれか、露出狂ってやつか!?」
「おい馬鹿、目開いて見てみろ」
シグレに言われ、オレは瞼を開く。
目の前には青い水着を身に纏うノラヒメが居た。
「水着?」
「海竜騎手は大抵の奴が服の下に水着を着てるんだよ。いつでも海竜に乗りこめるようにな」
「なんだ……ガッカリだ」
「この、スケベが」
いやしかし、これはこれでいいな。
肌にピッタリとついたタイツみたいな質感の水着だ。ゆえにノラヒメのプロポーションがハッキリクッキリとわかる。
服の上からじゃわからなかったが中々の胸の大きさ。CかDぐらいはある。
体を鍛えているのか、ほどよく筋肉のついた健康的な体つきだ。同年代の人間より発育が良い。
「……『服の上からじゃわからなかったけど、良い体つきしてるんじゃん。眼福眼福~』って顔してるぜ」
「シグレ……お前校長と同じでテレパス使ってるだろ」
「使ってねぇし使えねぇよ。お前がわかりやすいだけだ」
「あのぉ、そろそろ出してもいいですかね?」
ノラヒメの右の太もも、そこに竜紋が貼り付けてある。変にエロスを感じるのはオレだけだろうか。
「待った。一応おれたちも竜を出しておこう」
「そうだな。いざという時逃げられるように……」
オレは右手の甲に封印された竜紋を、シグレは鎖骨にある竜紋を見せる。
「来いエッグル!」
「出番だ、スノー」
竜紋が剥がれ、オレの前にエッグルが、シグレの前にスノードレスが出現する。
「この子たちがお2人の竜ですか……」
「どらぁ!」
「かうっ!」
「か、可愛い……!」
ノラヒメは2匹を撫でる。
「早くお前の竜も紹介してくれよ」
オレが言うとノラヒメは喉を鳴らした。
「わかりました。皆さん、離れていてください……」
エッグルとスノーは主人の隣へ戻る。
ノラヒメは竜紋が刻まれた太ももを撫でた。
「遊ぼう――レヴァ」
竜紋が剥がれ、海に落ちる。
竜紋は姿を変え、そして――
「ガアアアアアアアアアアアアッッ!!」
鼓膜に竜の咆哮が直撃!
「うおぉ!?」
オレは反射的に耳を手で塞いだ。聴覚が敏感なオレにとって、この声はでかすぎる。
レヴァは叫ぶのをやめると、体をひっくり返して、空に腹を向けてゆったりと泳ぎ出した。人間でいう背泳ぎだな。
「ノラを乗せる気ゼロだな」
「レヴァあ……!」
エッグルとスノーはレヴァに近づき、なにやら話しかけている。
レヴァは他の竜たちに怯えることも警戒することもなく、普通に接している感じだ。
「想像してたよりおとなしいな」
オレもシグレと同じ感想を持った。
「沸点は低いですけど、理由なく暴れる子じゃありません」
「それなら、あの試験の日はなにか理由があったってことか?」
オレが聞くとノラヒメは「はい……」と顔を赤めた。
「その……レヴァの前を泳いでいた海竜が
「それでブちぎれてあの騒ぎかよ……」
ノラヒメはレヴァに近づき、「レヴァ!」と声を出す。するとレヴァは欠伸をしながらめんどくさそうに腹を下に向けた。
「それでは騎乗します!」
まるで戦地に向かう兵士の顔だ。
ノラヒメは震えながら、目を泳がせながら、レヴァに近づく。
「……?」
なんだろう、気のせいか?
――いま一瞬、レヴァが寂しい目をしているように見えた。
ノラヒメは震えたまま、レヴァの背中に乗った。
「それじゃ、とりあえずこの湖を一周してみてくれ」
シグレが言う。
「わかりました。レヴァ! 行くよ!」
「ガウ!!」
レヴァは勢いよく発進した――外の海に向かって。
「レヴァ! そっちじゃないよぉ!!」
ノラヒメとレヴァは海に出て行った。
「あーあ、行っちまった」
ホント暴れ竜だな。言うこと聞きやしねぇ。
「でもものすげぇ加速だ……」
あれより速い海竜はミズキのゴールドフロートぐらいしか知らない。
「どうしたもんか……」
「アイツも難題だが、お前は大丈夫なのか? フレン」
「なにが?」
「試験の距離は3000m。お前が竜に乗っていられる時間は1分30秒。3000mを1分30秒で行くには時速120㎞で走らないと駄目だぞ」
「3000mのタイム測ったことねぇんだよな。2500mはあるけど」
ウチから郵便局までがちょうど2500mだったからな。一度全力のタイムを測ったことがある。
「2500のタイムは?」
「1分20!」
「じゃあ時速は110㎞ってとこだな。ミズキ先生に聞いたけど、このトライアスロンリレーにおける牙竜種の3000mの平均タイムは2分15秒らしい。時速換算で80㎞、それから考えればお前は十分凄い……が、お前には乗り物酔いっていう明確な弱点がある。3000mを1分30秒で突っ切れなきゃ酔って怯んだところをロクスケに抜かれるぞ。
――酔った状態で勝てる程、アイツは甘くない」
「うし! 明日から猛特訓しなくちゃな」
「ガムシャラにやってもタイムは伸びない。おれが週末の内にお前の特訓メニューを考えてやる」
「そりゃ助かるけど、オレやノラヒメにかかりっきりで、お前は大丈夫なのか?」
「お前ら2人に比べりゃおれの課題は少ない。気にすんな」
シグレは乗り物酔いもなければ、竜も従順。このチームで一番安定した強さを持っている。
頼りになるな……。
「お、ノラ達が帰ってきたぞ」
爆速でこっちに向かってくるレヴァ。
ノラヒメは目を回している。
「も、戻りました~」
オレとシグレのため息が重なった。
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