第6話 君の空

「まさか、前に僕が撃退した連中が帝国兵を手引きしたのか……? くそっ! 防衛ラインが回復する前に!」


 音に慣れ、頭痛は引いた。

 立ち上がると、甲高い警報音が町から聞こえてきた。警報音が鳴ってすぐ爺ちゃんが家から出てきた。


「フレン!」


「爺ちゃん!」


「この警報音は避難命令の合図だ! 早く準備せい! ここを離れるぞ!」


 ソラは町の反対側の空を見た。


「この町に残っていて良かった。君、この町の戦力は?」


「申し訳ございません……ここに居る騎兵はたったの21。それも、全員三つ星以下です」


「そうか。仕方ない……君たちは避難誘導、防衛に専念してくれ。僕が帝国兵を殲滅する」


「無茶だ!」


 オレは叫んだ。


「1対120なんて無茶だ! それにソラもコクトーもまだ、傷が治ってないだろ!? 今度こそ死んじゃうって!」


「それでも行かなくちゃいけない」


 ソラは覚悟を決めた顔をしている。


「人と……竜を守るために、僕らは居るんだ」


「ソラ……!」


「フレン。これが、竜騎士なんだ」


 ソラはコクトーの居る竜小屋の方へ歩き出した。


「止めろよ爺ちゃん! あいつ、コクトーに無茶させる気だよ」


「フレン……」


「いつもみたいに殴って止めろよ! 爺ちゃん!!」


 爺ちゃんは、オレの肩に手を置いた。


「フレン。竜騎士とは、そういう仕事なんだ」


「っ!」


 竜小屋から、コクトーに跨ったソラが出てくる。

 ソラはオレの前で止まった。


「君に助けてもらった命、ないがしろにはしないよ。必ず戻ってくる」


 ソラは笑顔で言う。




「フレン。いつか、君の空を見せてくれ」




 そう言って、ソラは天高く飛び上がった。


「ああ! 絶対、見せるから! 絶対帰ってこいよ! ソラぁ!!」


 ソラが落ちてきた森の上に、大量の黒い影が居た。影が集まって、雲のように見えるほどの多さだ。その雲に、1騎で立ち向かっていくソラとコクトーの後ろ姿。それだけ見て、オレと爺ちゃんは避難した。


「金と竜だけでいい! 他は構うな」


「エッグル、戻れ!」


「どら!」


 オレは右手にエッグルを封印する。


「よし、ブルースカイに乗って避難所に行くぞ!」


「わかった!」


 爺ちゃんの飛竜ブルースカイに乗って町の避難所――教会へ行く。



 教会にはすでに町中の人間が溢れてた。オレと爺ちゃんは教会の前に降り立ち、教会の前で立ち止まる。


「おえっ」


 約30秒の飛行、吐き気はするが我慢できる範囲。

 森の方を見るが、さすがに距離が離れすぎてなにも見えない。


 教会から、不安の声が漏れ出る。


「大丈夫かしら……」


「大丈夫なわけないだろ! この町の戦力なんかたかが知れてる!」


「王都からの援軍はまだ来ないかよ!?」


 ここに居る人間はまだ町に愛着のある人間だ。愛着のない人間、命の惜しい人間はすぐに町を諦め、竜で王都に向かってる。


「大丈夫だよ」


 オレは言う。


「ソラが戦ってるんだ! アイツは負けない!!」


「フレン……」


 爺ちゃんがオレを抱き寄せる。オレの頭を撫でる爺ちゃんの手は冷たかった。


 1対120。普通に考えれば勝ち目はない。


 だけど、それでも……ソラなら、なんとかしてくれるはずだ!


「はぁ……はぁ……!」


 避難所に来てから2時間ほど経った時、


 地竜に乗った息を切らした騎兵が教会の前に来た。

 顔には笑顔が張り付いている。


「皆様! もう大丈夫です!」


 喜びにあふれた声だ。


「帝国軍全滅! 防衛に成功しました!!」


 はちきれんばかりの歓声が上がった。


「やった……! 勝ったんだ、ソラは勝ったんだ!!」


 オレは騎兵に近づいていく。


「なぁオッサン!」


「ん? なんだい?」


「ソラは……ソラ=ラグパールはどこに居るんだ!」


 なぜか、騎兵は俯いた。


「おい……どうしたんだよ?」


 嫌な予感が頭を過る。


「……戦場に行った時、100を超える竜の屍と、同じ量の帝国兵の死体が積んであった。それだけなんだ」


「ど、どういうことだよ……?」


「あったのは、それだけなんだ。ソラ竜騎士の姿は……どこにもなかった」


「え――」


 帝国騎兵120騎――全滅。町の被害なし。

 そして、120の騎兵を倒した1人の竜騎士は――帰ってこなかった。



 ---



「フレン君」


 あの帝国騎兵襲撃の日から1ヵ月後。

 オレの家に、ミズキが来た。


「ソラのことだけど……どれだけ捜索しても見つからなかったわ。この〈ニーズヘッグ〉のすべての騎兵団に情報を伝達した。けれど、見つかってない。きっと、アイツはもう――」


「生きてる」


 オレは、ミズキに背中を向けたまま話す。


「ソラもコクトーも見つかってないんだろ? 死体もなんにもさ」


「そうよ。でも……生きてる可能性なんて」


 ミズキの言いたいことはわかる。

 竜のブレスや竜魔法で跡形もなく消された可能性は大きい……ほとんどの人間はそう考えるはずだ。でも、


「生きてるよ。国内に居ないなら、きっと帝国の奴らに連れていかれたんだ」


 涙を流しながら、オレはミズキの方を振り返る。


「オレが帝国からソラを連れ戻す!」


 オレが言うと、ミズキも瞳から涙を零した。


「フレン君……!」 


 だって、だってあの人は……、


「あの人は! オレに、『空』を教えてくれたから!」


 流れ出る涙を止められない。

 例え低い可能性でも、それでも、


『フレン。いつか、君の空を見せてくれ』


 ソラの言葉が頭を巡る。

 あいつはオレに約束した、必ず戻ってくると。ソラが約束を破るとは思えない!


「誰よりも凄い竜騎士になって、ソラを連れ戻すから! だから……諦めないでくれよ!!」


 12歳の夏、オレは彼と出会って、別れた。

 彼はオレに夢を、目標をくれた。オレは彼に返したいいっぱいある。


 それからオレは竜騎士になるために、修行を始めた。


 時は移り変わり、2年後――春。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る