【短編】「ぽわん」と「しむーな」
泣き虫だけど心の優しい男の子。
彼の名前は「ぽわん」と言います。
彼は少しだけのんびりとした性格の恐竜の子供です。
そして彼は直ぐに泣いてしまうので、いつの間にか目の形が「ぐにゃぐにゃ」になってしまいました。
それでも「ぽわん」は気にしません。
毎朝鏡を見ては、自分の空のような肌色と見比べて、ぐにゃぐにゃになった目の形は、まるで空に浮かぶ雲のようだと素直にそう思っています。
*****
「ぽわん」は、今日もわんわんと泣きながら学校から出てきました。
その帰り道の事です。
どこからか、ぽわんを呼ぶ声が聞こえてきます。
「ねぇ、そこの君。どうして泣いているの?」
泣いている理由を尋ねる小さな声に、ぽわんは驚きのあまり涙が止まりました。
そして声の主を探し、キョロキョロと自分の周りを見渡しました。
「ねぇ、私で良かったら、聞かせてちょうだいよ」
ぽわんが声の主に導かれ、自分の足元に目を向けると、そこには小さな黄色の花がニコニコと笑いながら、ぽわんの方を向いて話しかけていました。
黄色い花の優しい声に誘われて、ぽわんは声の主の傍にしゃがみ込むと、再びわんわんと泣き出しました。
ぽわんの流す涙はまるで大雨のようです。
小さな黄色の花は、ぽわんの涙を花びらいっぱいに受けながらこう言いました。
「ちょっと大変!大変!早く泣き止んでちょうだい!あなたの涙で私が溺れちゃうわ!」
「ご、ごめんなさい!」
小さな黄色い花の強気さに押されたぽわんは、涙が自然に止まります。
そして直ぐに謝りました。
「ねぇ、わたしは”しむーな”っていうのだけれど、あなたの名前は何かしら?
あなたちょっと面白そうだし、良かったらお友達になりましょうよ!」
「!」
ぽわんは、しむーなの誘いに驚きましたが、友達になろうと言ってくれた優しさに惹かれ、自分の名前を教えて友達になる事にしました。
*****
その日から友達になったぽわんは、毎日しむーなに会いに行きました。
ぽわんは、学校でからかわれた事を話したり、先生に褒められた事を話したりしました。
そんなぽわんの話を、しむーなは、時には気の毒そうに、時には楽しそうに、うんうんと頷きながら聞いていました。
そんなある日の事です。
学校のいじめっ子たちが、ぽわんとしむーなの所へやって来ました。
「何だぁ?間抜けのぽわんは、花と話をしているのか?」
「泣き虫のぽわんは、花が友達かぁ?」
彼らはいつものように、ぽわんをからかいます。
「ねぇ、やめて!ぽわんさんをいじめないで!」
しむーがいじめっ子たちを諫めます。
「なんだ?花の癖に生意気だ」
いじめっ子たちは、しむーなを見つけると、言いがかりをつけて近づきます。
「お前なんか、こうしてやる!」
そしてぽわんが止める間も無く、いじめっ子たちはしむーなを地面から引き抜きました。
「あぁーーーーっ!!」
「しむーなさんっ!」
引っこ抜かれたしむーなは、そのままポイっと、その場に投げ捨てられてしまいました。
引っこ抜かれた上に、地面に放り出されたしむーなは、ぐったりしています。
ぽわんはしむーなのしおれた姿に心が痛くなり、わんわんと泣き出しました。
やがて、いじめっ子達はぽわんが泣き出したのを見て満足したのか、クスクスと笑いながら帰って行きました。
わんわんと泣いていたぽわんの涙が枯れ始める頃、ぽわんはいじめっ子達が居なくなった事に気が付いて、しおれたしむーなを拾い上げ、そっと元居た場所に戻してあげました。
けれどしむーなは、茎の根元が切れているようで、段々と弱っていきました。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
ぽわんはポロポロと涙を零し、謝りました。
「あなたの…せいじゃ…ないわ」
しむーなは強く言いましたが、やがていつもの強気な様子は消えて、徐々にしおれていきました。
「ねぇ…あなたと、お友達になれて…よかった…わ。…毎日…お話を聞かせてくれて…ありがとう…ね…」
しむーなは、最後にニコリと笑いかけて、そのまま瞳を閉じてしまいました。
「し、しむーなさん?しむーなさん??」
ぽわんは大きな声でしむーなに呼びかけましたが、優しい顔のままのしむーなは穏やかに瞳を閉じたままで返事をしませんでした。
「わ~ん!しむーなさんがー!」
ぽわんは再び、わんわんと大きな声で泣きました。
*****
それからも、ぽわんは毎日しむーなの場所へ通いました。
そして静かに横たわるしむーなを見ては涙を零し、謝り続けました。
そんなぽわんの様子を見かねた、四葉の白い花がぽわんに声をかけました。
「ねぇ、君、君ってば、そう、君だよ君」
四葉の白い花の声に気が付いたぽわんは泣き止み、声の主に目を向けます。
「あのさ、君は毎日ここに来て、一体何をしてるんだい?」
「…何…って…」
「あのさ、君は泣いてばかりいるけど、そうやってしゃがみ込んで、自分の影に涙して、一体何を謝っているのさ?」
「…影?」
四葉の白い花の言葉の通りぽわん前には、自分の形の影が広がっています。
「そうだよ。君の背中は、お日様がいつも見ているからね。君は泣いてばかりで気付いていないようだけれど、君の前にはいつも君の影があるよ」
しむーなの咲いていた場所は、いつのまにかぽわんの影で覆われていました。
「ねぇ、もう止めなよ。いつまでも泣いていないで、お日さまに顔を向けなよ。
僕たちだってそうするさ。それに君は僕たちと違って歩けるだろ?
いつまでも立ち止まっていないで、お日さまに向かって歩きなよ」
四葉の白い花の声にぽわんは立ち上がり、お日さまを見上げました。
ぽわんがいつも空を見上げるのは、涙が零れないようにするため…。
けれど四葉の白い花の声を聞いたぽわんは違いました。
ぽわんは四葉の白い花にお礼を伝えると、お日さまに向かって歩き始めました。
*****
その日から数日が経ちました。
「ぽわんさーん」
風に乗ってぽわんの耳に聞き覚えのある声が届きました。
その声にぽわん驚き、息を切らせながら、しむーなの咲いていた場所にやって来ました。
「あぁ!しむーなさんが!」
ぽわんの視線の先には、見覚えのある小さな黄色の花がニコニコと笑いながら、ぽわんの方を向いていました。
「ど、どうして?どうしてしむーなさんが元気になったの?」
ぽわんは嬉しくなって、しむーなの傍にしゃがみ込むと、前と同じようにわんわんと泣き出しました。
「ちょ、ちょっと大変!早く泣き止んでちょうだい!あなたの涙でまた溺れちゃうわ!」
「ご、ごめんなさい!」
変わらないしむーなの強気さに押されたぽわんは、涙が自然に止まると直ぐに謝りました。
「そうね、ぽわんのお陰ね」
「おかげ?」
「そう、お陰。あなたの影が強い日差しから守ってれたのね。そしてあなたの涙が私の根っこに届いたのよ。私たちタンポポは根が丈夫だからね。こう見えて、大きなあなたより強いのよ」
しむーなは得意そうに言いました。
そんなしむーなの屈託のない笑顔に、ぽわんはまたわんわんと泣き出しました。
「あ~~っ!だからダメだって!暫く根っこに涙はいらないのよ!」
しむーなは少しだけ意地悪そうに言いました。
そして泣き止んだぽわんはと目が合うと、クスクスと笑いました。
そんなしむーなの笑い声に誘われてぽわんもクスクスと笑いました。
「ふふふっ」
「えへへっ」
次第に大きくなる二人のくすぐったいような笑い声は、風に乗って、どこまでも遠くの方へ飛んでいきました。
【短編】「ぽわん」と「しむーな」 おわり
泣き虫恐竜の「ぽわん」 さんがつ @sangathucubicle
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