第18話

「今夜、泊めてくれませんか?」

「無理だ」

「別に食事は用意してもらわなくても結構ですので」

「無理だ」

「一泊二千円までなら払いますので」

「無理だと言っているだろ!」


私だって好き好んでこんな変人のボロアパートに寝泊まりしたいわけじゃないんですよ!


玉越たま子はそう言いたいのをギリギリの所でこらえて、根古田博士に様々な条件を提示していく。


「仕方ないですね、私が朝食作ってあげますよ」

「必要ない」

「えー?じゃ、掃除洗濯もサービスしますよ」

「無理だ、何度言えばわかる?」

「じゃ、このしらたまちゃんを触ってもいいですよ」


そう言うと、猫用のキャリーバッグの中に入ったしらたまを指差した。しらたまはバッグの中で、不安そうな面持ちをしている。


根古田博士はしらたまに目をやると、その白い猫に無性に触れたくなった。トラコを愛しているとは言え、それはあくまでも猫の姿としてであり、人間の姿に変わってしまい、根古田博士は猫に飢えていたのだ。


ああ、その白猫に触れたい。なんとも美しい。トラコの可愛さは世界一だが、この白猫にも特別な魅力がある。私はとにもかくにも猫に愛されたいのだ。


「しらたま?」

「そう、しらたまちゃん」

「その猫を私にくれるのだな?」

「いや、やるとは言っとらんけども」

「触らしてくれるのだな?」

「まぁ、それくらいなら」


根古田博士は首を縦に振り、ようやく交渉が成立した。


しかし、たま子は部屋を見渡してため息をついた。あまりにも汚く、そして狭かった。布団は一組しかなく、それもいつ干したのかも分からないくらいに薄くなっている。こんな場所で寝るのは無理だ。


コンコン、と玄関をノックする音が聞こえた。根古田博士は玄関に向かい、ドアを開ける。


「どうも、便利屋でーす」

「なんだ貴様たちは」

「こちらの部屋の大掃除にやって参りました」

「そんなものは頼んどらんぞ」


玄関でやり取りをする根古田博士と便利屋に向かい、たま子は声をかける。


「さっさと、部屋の荷物全部持ってって下さい」


根古田博士は顔色を変えて、たま子に詰め寄る。


「いったいどういうことだ?」

「いや、この部屋汚いじゃないですか?とてもじゃないけど、こんなところで一晩過ごすのはムリなんで、部屋を掃除してくれる業者を呼びました」


「何を勝手なことをしてくれるんだ、貴様たちもとっとと帰るがいい、あ、何を触ってる? 私の研究室の物に勝手に触るんじゃない!」


「あ、便利屋さん、気にせずジャンジャン片付けちゃって下さい。運び出したものは全部処分しちゃって構いませんので」


便利屋の作業中、根古田博士はずっと何かしら文句を言い続けていたが、ものの二時間ほどで部屋の中は空っぽになり、残ったのは冷蔵庫とトラコ用の食器と猫用のトイレだけになった。


「毎度ありでーす。それでは部屋の掃除代と処分費用など諸々含めまして三万円になります」

「根古田さん、払ってもらえますか?」


「なんで、私が。貴様が勝手に頼んだのだろう?」

「いや、だってこの部屋あなたの部屋なんだし、私いま手持ちが無くて」


根古田博士は文句を言いながら、三万円を支払った。


全く、この女はロクでもない。

トラコは何故こんな奴に懐いているのだ?









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