第10話

 根古田博士の正面に一人の女性が座っている。

 その女性は眼鏡をかけていて、髪はポニーテール、スーツ姿でビシッと決まっているが、それに似合わないくたびれたスニーカーを履いている。

 平日夕方の喫茶店の店内は閑散としていて、二人の他には客が一人とマスターのような初老の男性が一人いるだけだった。


「もう一度詳しく説明お願い出来ますか?」

 女性は根古田博士に問いかける。

「だから何度も言っているだろう、冷蔵庫に媚薬を保管していたら蒸発して無くなっていて、その日に私の猫が人間に変わってしまったのだ。どう考えても、その媚薬が原因としか思えない」


 女性は眉間に皺を寄せながら、タブレットのようなもので記録を取っていた。根古田博士の説明は、これで三度目だった。


「いや、そんなことありますか?猫が人間に変わるなんて……そんな効能があるなら一攫千金ですよ、歴史的大発明ですよ、ノーベル賞ですよ」

「私は嘘はつかない。本当にトラコが人間になってしまったのだ」

「そう言われましても……実際に、その?トラコさん?トラコさんにお会いしてみないことには何とも言えませんよ……」


 女性は根古田博士の説明を信じてはいないようだった。無理もない、普通に考えれば、猫が人間に変わるなんてありえないのだから。


「トラコを猫の姿に戻してくれるなら、会わせてやってもよい。我が研究室に来たまえ」

「研究室?何か研究なさっているのですか?」

「そんなことはどうでもいい、来るのか来ないのか?」

「トラコさんに会わせて頂けるなら伺いますが……」

「今日は無理だ、また明日、来たまえ」


 私もそんなにヒマじゃないんですが……

 女性はそう言おうとしたが、すんでのところで堪えた。突拍子もない根古田博士の話を信じた訳では無いが、もし仮に、万が一にでも、猫が人間に変わったという話が事実であれば、世紀の大発見になる。一攫千金、億万長者も夢ではないのだ。


 女性は野心家だった。玉の輿狙いで有名企業に就職したものの、数ヶ月でクビになってしまい、藁にもすがる思いで就職したのが、今の職場だった。お世辞にも有名企業とは言えない、どちらかと言えば胡散臭さ全開の二流三流の会社だった。いかにも怪しげな媚薬を販売しているのだから無理もない。そもそも効果も疑わしい媚薬なんかが会社のメイン商品というのがありえないと女性は考えていた。

 そんなものを購入する人間を目の前にして、「やっぱりこんな胡散臭い商品を購入するような奴はろくでもないな」という感想を、根古田博士に対して抱いていた。


「君、名前はなんと言うのだ?」

「自己紹介は最初に済ませましたが……」

「忘れた」

「お名刺差し上げてますので、そちらで確認されて下さい」



 株式会社ラブポイズン

 玉越たま子

 090-****-****









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