第2話

 根古田博士は浮かれていた。

 猫と会話が出来るかもしれないと。

「猫の鳴き声を日本語に変換してくれる機能」を搭載したスマホアプリを手に入れたからだ。


 これで私も猫様とお近付きになれるかもしれない。


 そう考えるだけでにやけた顔になった。妄想が止まらなかった。


 しかし、アプリをダウンロードした後で、根古田博士はある重大な事実に気付いてしまう。彼は、猫と触れ合うどころか猫と遭遇するのもままならないのだ。彼の住む町には何十、何百と野良猫が生息しているはずだが、根古田博士がその姿をはっきりと捉えたことは一度としてなかった。たまに野良猫に餌をあげている近所のおばさんが猫と戯れている様子を目撃することは出来たが、根古田博士が近づくと決まって猫は逃げ出してしまうから、根古田博士は猫と触れ合う機会がほぼ無かった。


 なんとかして猫様のお声を聞くことは出来ないだろうか……


 根古田博士は独り言を繰り返した。

 町中で、研究室で、コンビニで、バスや電車の中で。

 とにかく、根古田博士は猫と触れ合いたかった。



 そんなある日、奇跡が起きた。

 根古田博士がいつもの様に野良猫探しをして町を探索していると、何かの鳴き声を聞いた。

 その鳴き声に導かれるように、公園にたどり着いた。

 その公園にあるベンチの下に一つのダンボールを発見した。ダンボール中を恐る恐る覗き込むと、その中に子猫がいたのだ。


 箱の中に食料や飲み物の類は見当たらない。

 箱の中にあったものは、1匹の子猫と「育ててあげてください」と書かれたしわくちゃのメモだけだった。


 ミャア、ミャオ。ニャー。ニャオー。

 子猫はどうやらお腹が減ってるようだった。


 根古田博士は思いついた。

 今こそあのアプリの出番ではないか、と。


 スマホを子猫に近付け、鳴き声を採取する。

 ニャオ……『お腹空いた』

 ミャーオ……『ごはんちょうだい』

 ミャー……『助けて』

 ニャオーー……『早くごはんちょうだい』


 アプリをダウンロードした時は半信半疑ではあったが、確信した。このアプリはホンモノだ。本当に猫の言葉を翻訳してくれるのだ。


 助けなくては……この子猫様を助けなくは……


 根古田博士はダンボールの箱ごと、研究室に持ち帰った。そして、子猫用のエサを与えた。毛布をあてがい子猫が昼寝をしている内に、近所の動物病院に連れていった。


 根古田博士が猫に触れたのは人生で初めてのことだった。


 根古田博士は脳裏で、そして心で、一つの決心をした。


 この子猫様は、私が責任をもって育てなければ……

 幸せにしていかなければ……と。







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