第70話 太政大臣の憤り

 西寧が胡蝶と壮羽と共に帰国する。


「朱雀様の認証を得られた! これで、この西寧が、正統に白虎王の血統であり、この青虎の国の王位を継ぐ者として、四神獣の一角に認められたこととなる。朱雀様は、その証として、書状を渡し、大切な迦陵頻伽の一羽である胡蝶を西寧にお預けになられた!」


 西寧が、朱雀の書状を見せてそう宣言すれば、太政大臣の顔が恐ろしく醜く歪む。

 西寧が煙たくなれば、あっさりと見捨ててしまえばよいと考えていたのだろう。王族には、先王西凱王の娘である福寿がいる。幼い福寿ならば牛耳るのも容易い。


 国の行く末が安定して、福寿では難しい局面を脱した暁には、西寧が黒虎精であることを理由にいくらでも失脚させられたはずだ。

 それが、稲荷神の加護を受け四神獣朱雀の認証を得れば、西寧を失墜させることは、それらの権威に逆らうことになる。


 稲荷神の九尾狐である常盤がいて、さらに朱雀の鳥である迦陵頻伽の胡蝶もいるとすれば、西寧をだまし討ちにすることも難しくなるだろう。


 娘、玉蓮と西寧との間には、まだ子もおらず、王族に血を注げてもいない。

 太政大臣としては、腹立たしい限りであった。


「孝文! 貴様は何を見ていたのだ! 間抜けめ!」


 自室に戻った太政大臣は、孝文を呼びつけて苛立ちをぶつける。

 西寧の動向を知らせるようにと、西寧に孝文を近づけたつもりでいたのに、隆文から朱雀と西寧の間でこのような約束を交わそうとしているという情報はなかった。


「申し訳ありません。なにか烏天狗の方が動いているとは、先にご報告した通りでしたが、まさかここまでとは……」

孝文は、苦しい言い訳をする。


 孝文は、西寧に命じられて二重に情報を流している。

 孝文としては、移民である自分を軽んじて、評価をしない太政大臣よりも、西寧を応援したい。


「あの烏天狗。今の烏天狗の里長の弟なのだそうです。きっと、弟可愛さに朱雀様に烏天狗の里が取り入ったのでしょう」


 西寧が直接朱雀の国へ赴いた話なんて、太政大臣に明かす気はない。


「あの烏天狗か! 初めて会った時からずっとムカついていたが、そうか。烏天狗があの若輩者を手助けしているのか! それで全てが納得いく。烏天狗どもが操って、あの小僧を助けているのだろう。戦にしても政治にしても年齢の割に機転が利きすぎる」


「おっしゃる通りでございましょう。烏天狗の里長……悠羽と申しましたでしょうか。その者が、きっと西寧に助言しているのです」


 そうではないことは、孝文は良く知っている。

 だが、別の誰かに助言されていると思わせておけば、西寧が偉業を成してもあなどり続けてくれる。西寧の実力を正しく測らさないほうが、西寧にとっては良いはずだ。


 太政大臣は、サラサラとどこかへの報告を書いて、それを部下の者に持たせる。

 西寧に聞いている話から考えると、その報告書の行方は、きっと黄虎の国の明院のところ。西寧が朱雀から正式な認証を得たことを報告したのだろう。


 売国奴め。


 移民の自分が言えた義理ではないが、これほどまでに自分の利のみを優先する太政大臣には、驚きしかない。


「時に孝文。お前は、西寧に頼まれて学び舎を建設しているとか」


「はい。移民や貧民……年寄りから子どもまで。学びたいものが気兼ねなく学べる場所が欲しいのだと頼まれました。西寧は、苦労して育ったので、そういったものに憧れがあるのでしょう」


「くだらんな。学校なら、貴族の者や有力者が子息を通わせる物が既にある。無駄を嫌うくせに、その憧れ自体が一番の無駄であることが分からん青二才だ」


 そこを無駄と一蹴しない所に魅力を感じた。

 この西寧王ならば、虎精の国々全てを変える力になるのではないかと。


 「左様でございますね」と適当な返事を返して孝文は、太政大臣とのやりとりを受け流しておいた。

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