第68話 迦陵頻伽

 朱雀の国。

 西寧は、金の雲の上に作られた王国を壮羽と歩く。

 壮羽に腕を掴んでいてもらわなければ、そこいらじゅうに空いた穴からたちまち落ちて、遥か下の地面に叩きつけられそうだ。


 鳥女とりめ、グリフォン、迦陵頻伽かりょうびんが、ハーピー、八咫烏やたがらすまで……翼のある妖達が、虎精の西寧を物珍しそうに見ている。


「すごいな。本当にこんな場所に来てしまった」

ウキウキと心躍る西寧。


「危ないですから、チョロチョロと動き回らないで下さい」

心配性の壮羽は、西寧が雲の隙間から落ちそうで気が気でない。


「せっかく来たのだから、ちょっとは観たいだろ? ほら、珍しい物があるかもしれないし、今後の青虎の国の商売に役立ちそうな物なんかも、転がっている可能性がある。美味しい木の実のジュースの作り方なんかを教えてもらえれば、それだけで新しい商売になるじゃないか」


「そうですけれども、私の妖力が回復しない内に動き回られるのは、困ります!」


 妖力が切れかけて落ちかけた壮羽は、朱雀に助けられた。

 気を失っていた壮羽が目を覚ませば、宿屋の部屋の中。心配そうに西寧が壮羽を見ていた。朱雀には、壮羽が回復すれば、抱き上げてもらって、朱雀の所まで来るように言われたらしい。

 この国で最も高みにある朱雀の居城。

 西寧一人で昇るのは困難だ。


「回復したら、すぐに朱雀様の所へ行くだろう? だったら、今しか観て回れないじゃないか!」


 西寧が拗ねる。

 お前は宿屋で大人しく寝ていろ。と、西寧に言われても、そんなこと出来る訳がない。そんなことをすれば、心配で胃が死ぬ。


 金の雲の上に広がる天空の王国。

 翼ある者だけが自由に行き来できるように、立体的に出来上がった街は、西寧は雲をよじ登りながら進まなければならない。壮羽が押し上げ、西寧が壮羽を引っ張り上げて前へ進めば、その様子が面白いのか、一羽の妖がクスクスと笑っている。


「すごいのね。私、この国から出たことが無いから知らなかった。本当に飛べない妖っているのね。妖狐なら、翼がなくても飛べるのにね」


 近寄ってくる一羽の迦陵頻伽。まだ幼い少女だ。


「だろう? だから、飛びたい! そう思って練習しているのだけれど、ちっとも上手くいかない」

にこやかに西寧は答える。


「えっと……お姉さんは……虎精?」


「こんななりをしているが、一応男。まあ、虎精なのは合っている」

男物の服は用意していない。女物を着ているから、間違われるのも無理はない。


「虎ってこんなに黒いの? お話に聞いていたのとは違うわ」

迦陵頻伽の少女が首をかしげる。


 この朱雀の国で毛並みを隠す必要はないだろうと思って、毛並みは黒いまま。


「黒は、虎精でも珍しいんだ。本当は、皆、黄色と黒が混じった毛並をしている」


 ふうん。と言って、マジマジと少女は西寧を見てくる。


「赤や青、緑はいないの? 鳥は、とっても色鮮やかよ?」


「うーん。見たことがない。いないとは思うが、そうとも言い切れない」

少女の問いに、西寧は笑う。


 西寧達を気に入ったのか、少女は西寧達の後を付いてくる。

 付いてくる迦陵頻伽は、歌を口ずさむ。

 春風をそのまま声にしたような、温かく心惹かれる柔らかい歌声。

 聞けば、不思議と元気が回復してくる。妖力が載っているのだろう。


「西寧様。迦陵頻伽の歌声で、妖力が……! 妖力が回復しました!」

壮羽が驚く。


 こんなに早く妖力が回復するなんて初めてだ。

 初めて体験した、迦陵頻伽の妖力。天の鳥とされている意味がよく分かる。


「残念。回復したか。それじゃあ、朱雀様の所へ行かないとだな……」


「残念ってなんですか。残念って!」


「お兄ちゃん、朱雀様の所へ?」


「ああ。行かないと。……西寧という、こっちは壮羽だ。名前を聞いてもいい?」


胡蝶こちょうというの」

少女がニコリと笑った。


「胡蝶、もし虎精の国にくることがあれば、この青虎の国の西寧王が、心よりもてなそう」

西寧の言葉に、王様だったんだ……。と、胡蝶は目を丸くして驚いていた。






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