第59話 赤虎の国

 西寧は変装をして密かに国を旅立った。

 隣には壮羽が立つ。


「お前には留守を守ってもらいたいのだが」


 どうしても同行すると言って聞かない壮羽に西寧は呆れる。

 福寿や常盤、大切な者は置いてきた。

 自分がのたれ死んでも構わないから、壮羽には、そこを守ってもらいたかったのだが留守の警護を烏天狗の仲間に頼み、西寧にくっついて出てきてしまった。


「あなたみたいに、目が離せない人を一人に出来るわけ無いではありませんか!」

壮羽が睨む。


 ただでさえ、色々と無茶ばかりする西寧が一人で虎精の国々を抜けて朱雀の国へ向かえば、何が起こるか分からない。

 壮羽としては、どうしても離れるわけにはいかない。


 薬で肌の色を変えて旅装束。壮羽と設定した人物像は、遠いところに住む病の婚約者に会いに行く令。一族に従う烏天狗を一羽連れての行幸の設定。


「また女装……」

うんざりする西寧。


 だが、理由は西寧にも分かっている。顔を隠しても不自然でないようにするには、それが一番なのだ。青虎の国王となった今、どこで顔を知っている者に会うか分からないのだから仕方がない。


「まぁ、良いじゃないですか。華奢でいらっしゃるし、まだ似合うのですから」

壮羽が笑う。


 兵士と一緒に訓練に参加して鍛えているのに、背が低く痩せる体質なためか、成人してからもなかなか筋肉がつかない。

 

 妖魔から虎精を守る前線であることから、武力を尊ぶ青虎の国では、あまり良いとは言えない体質。

 その分、力上や壮羽から戦術や武芸を習い補っているが、なかなか西凱王のような、有るだけで士気が高まるような存在感は得られない。


 その華奢な体躯が、今回は役には立ったのだが。


 今回の旅、赤虎の国の端を抜けて緑虎の国へ向かい、そこから烏天狗の里を越えて朱雀の国へ。 往復でおおよそ一か月ほどの行程を見込んでいる。


 馬上の人となった二人は、同じ馬に二人で乗って、赤虎の国へ入っていった。


 芸術と愛の国。赤虎王、慈光じこうが統べる国。

 王太子、来光らいこうが、その正妃を決めるべく舞踏祭を開いている最中で大騒ぎの中であった。


 赤虎の国独特のレリーフに彩られた美しい建物は、妖術の灯が華々しく灯り、女達は綺羅綺羅しい錦糸や宝石の施された刺繍の衣装を纏う。音楽が奏でられ、人々が踊る。


 辺境の街ですらこの騒ぎで、華やか雰囲気に誘われて、他国の観光客で宿屋もごった返していた。


「すごいですね……。とても華やかでした。しかし、こんなに豪華な祭をすれば財政に響きそうですね」


 宿屋に着いて、壮羽は、今道中で見てきた光景の感想を率直に述べる。


「うん。青虎で真似すれば、ただの無駄遣いで終わるが、この国はこれで良いんだ。赤虎は、芸術で有名だから、見物客を集めて、そいつらが国で落とす金を財源の一つとしているから」


 壮羽の言葉に、西寧はそう言った。

 

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