第58話 身代わり

「行く! 行きたい!」

悠羽の書状を読んで、西寧が目をキラキラさせる。


 子どもの頃から憧れていた羽のある妖の国。その長たる朱雀が、来れるものなら来てみろと言うならば、行きたいから行くと西寧は言いたい。


「アホですか? アホでしたね。あなたは」

壮羽が呆れる。


 西寧が今この国を離れれば、たちまち太政大臣と明院に国を乗っ取られる。

 道中に、どんな障害があるか分からない。

 第一、鳥類の獣も行く事が難しい、羽根のない西寧がどうやって天空にある朱雀の国に行くというのか。


「いや、だってこんな機会は、二度と来ないぞ? しかも、行って接見して納得して貰えば、四神獣朱雀の推挙が得られる」

行く気満々で西寧がウキウキしている。 


 書状で悠羽が言っているように、要は、烏天狗と敵対せぬように、角が立たないように断られたということだ。


 飛ぶ術を持たない虎精に、来ないなら味方しないということは、朱雀は、西寧の味方もしないが、他国の味方もしないと言っているのだ。


「敵対はしないと約束してもらえただけで、僥倖ですよ」

壮羽の言葉に、


「行くと言っているだろう? そこを行けるように頑張らないでどうする?」

と、西寧笑った。



 西寧の言葉に壮羽の胃がキリキリと痛む。


「西寧様、今回はきっとハッタリでは対応できませんよ?」


 壮羽の言葉に、コクコクと西寧が首を縦に振る。


「私が、西寧様の代わりですか?」

 常盤が目を丸くする。


 留守に西寧の代わりをする人物として、西寧は常盤を、選んだ。

 九尾狐の常盤なら、自分にしばらくの間化けてもらうことは可能だろう。


「うん。常盤は妖狐だ。狐は変化も得意なのだろう? 変化して、力上と福寿と協力して、留守を守って欲しい。通常業務については、熟せる物はこなしておくし、判断が必要そうなことについては、書き残しておく」


「そうですね……。出来ないことはありませんが、良いのですか?」

常盤が戸惑う。


「私は、傾国、傾城の国を滅ぼす九尾の妖狐。しかも、人を喰らった過去もあるのですよ? そのような者に、自分に変化させて留守を守らせるとは……聞いたことがありません。とても正気の沙汰とは思えません」

常盤がおずおずと意見する。


「なんで? 儂とて不吉の黒虎と呼ばれている。何の違いがあると言う?」

にこやかに答える西寧。


「西寧様……」


 西寧に人を殺めた理由を問われたことはない。ただ九尾狐であるだけで警戒されることが多い身の上。

 妖狐の身内でもない者に、これほどまでに無条件に信頼を向けられたことが、心に沁みる。


「分かりました。やって見ますが……必ずお元気でお戻り下さいね」


 常盤の言葉に、西寧は嬉しそうに笑った。




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