第56話 玉蓮の鏡


 玉蓮の様子が変だ。


 そのような噂が西寧に届いたのは、常盤が来て三ヶ月も経った頃だった。


 常盤が来てからも、玉蓮を蔑ろにした覚えはない。むしろ、常盤には、玉蓮の意向により不自由な生活をさせていると、心苦しく思っていた。


 常盤が、身の回りの物さえあれば十分だと言ってくれるのを良いことに、素朴で慎ましい生活を余儀なくしてしまっている。


「玉蓮? 様子がおかしいそうだが、具合でも悪いのか?」

西寧が玉蓮にそう尋ねれば、


「様子? 私ではなく、西寧様のご様子がおかしいのでしょう?」

と玉蓮は、西寧を睨んだ。

 

 そう言われても、西寧に身に覚えはない。


 玉蓮との仲は、玉蓮が正妃となった時から変わらない。同じように、訪れては、玉蓮が満足するまで話をする日々。


 夫婦というには、あまりにも歪な関係だが、そもそも政敵の娘。玉蓮の方も、黒虎の精である西寧を、忌み嫌っているはず。

 だから、今の関係で十分だし、無理に距離を詰めるつもりもなかった。


「私、西寧様は、女人は愛せない方かと思っておりました」


「へ?」


 意表を突いた玉蓮の言葉に、西寧の口からおかしな声が漏れる。


「なのに、今回の来られた常盤への態度! あんまりでございます。私を騙しておられたのですね!」

ワナワナと震える玉蓮。


「待て。騙すも何も、一度もそうだと申したことはないが??」

相変わらず、玉蓮の言葉の意味がわからない。


「だって! 壮羽様や力上様とあんなにベッタリ! 最近は、孝文様にも手をお出しになって! 私にも少しも興味を示して下さいませんし……」


 いや、その誤解は、壮羽や力上が巻き込まれて可哀想ではないか? 力上に至っては、既婚者だが?

 孝文までその誤解の餌食なのは、なぜ?


「ですから、諦めておりましたのに!」


 涙ぐむ玉蓮に、西寧はオロオロする。

 一体、何をどうしろと言うのか? 何を叱られているのか、まるっきり理解できない。


「で、では、玉蓮は、一体何をどうしたいと言うのか?」


 そう、具体的に言ってもらわないと、何も分からない。


「せ、西寧様は、そういう事を女人の口から言わせるおつもりですか?」

真っ赤な顔の玉蓮。


 もういいです! と叫んで玉蓮は、奥に引っ込んでしまった。


 奥に引っ込んだ玉蓮は、すぐさま鏡の前に向かう。


「どういたしましょう? また喧嘩をしてしまいました」

玉蓮は、鏡に話しかける。


 鏡に薄っすらと黒い影が映る。


「まぁ、また鈍い西寧様が分かって下さらなかったのですか? 姫がこのように努力なさっていらっしゃるのに」

鏡が、玉蓮を慰める。


 最近、女官の一人からもらった鏡。

 上半身しか映らない小さな鏡だが、この不思議な鏡は、玉蓮の相談にのってくれる。

 思うようにいかず苦しい胸の内を分かってくれる。


 鏡から、白い女の手が伸びてくる。

 玉蓮の頬を撫でて、涙を拭ってくれる。


「大丈夫でございます。私にお任せを」

鏡の中の女が、ニィッと笑った。

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