第48話 失敗の後始末

 黄虎の国では、上機嫌な明院に、配下の者が怯えていた。

 上機嫌になるはずがないのだ。

 大切な仕事で失敗したのだから。

 明院は、その失敗の報告書を読んでいる最中。眉間に皺を寄せて読み始めた報告書の途中で、急にこのように機嫌が良くなったのだ。


「あの……明院様? 何か良いことがございましたか?」

おずおずと材木相場の案件を担当した者が、鼻歌まじりの明院に声をかける。


「もう見つからないと思った原石が、勝手に磨かれて宝石になって見つかった。後は、これをどのようにして取り戻すかだが……まあ、それは後で算段するから良い。今は、この材木相場の損失についてだったな」


 明院が報告書を閉じる。

 良かった。必ず利を得るはずの仕事で思わぬ邪魔が入り、損失をだしてしまった。これ以上どう頑張っても、利益に結び付けることができず、仕方なしに損失の報告に来たのだ。

 明院の指示を仰がなければ、損失はもっと大きくなる。

 明院の怒りは怖くとも、どうにもならなくなる前にと思っての、覚悟の報告であったが、これほど機嫌が良いのであれば、思っていたほどの叱責は無いかも知れない。


「そうだな……今までの実績もあるし、無下に裁くのもあまりにも冷酷。……では、選ばせてやろう。今すぐ、一族全員の首を刎ねるか、大切な仕事を一つ引き受けるか。最期のチャンスと思え」

ニコニコと笑いながら明院は、とんでもない事をいう。


 選択の余地など無い。

 おそらく過酷であろう仕事を引き受けろと言っているのだ。

 そして、もし、その仕事に失敗したり、男が途中で逃げたりすれば、一族全員の首を刎ねると言っているのだ。


「あ、有難き幸せにございます」

男は、震える声で、微塵も思っていないことを口にした。


 男の命じられた仕事は、隣国で国王になったばかりの青二才、不吉の黒虎である西寧王の誘拐であった。


 一国の国王の誘拐。その結果、考えられるのは、黄虎の国と青虎の国の全面戦争。

 それを回避しつつ、西寧王の身柄をこちらに確保しろと、明院は言っているのだ。


 最悪、殺しても構わない。その場合は、必ず首級しるしを持ってくるように。

 明院は、近所に使いにでも出すような気軽さで、男にそう言って笑った。


 これも、黄虎の国の繁栄のため……ひいては、いつか戻ってくる覇王、白虎王のため。そう信じて、明院の命じる黒い仕事を数多あまたこなしてきた。

 今さら、その信念を曲げるには、遅すぎる。


 夜風に、いつかの戦で失った右薬指がうずくのを感じながら、前途の危うさに男はくしゃみを一つした。

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