第49話 福寿の欲しい物

 西寧は、国王になってから忙しく過ごしていた。

 ようやく、軌道に乗り始めた国営の市場の運営。学び舎の建設も、目処が立ち始めた。


 相変わらず、正妃の玉蓮とは、すれ違いばかりだが、それにも慣れてきた。そもそも、玉蓮は、政敵太政大臣の娘。玉蓮に子が出来れば、それはそのまま、太政大臣が西寧を失脚させる口実を与えることにつながる。


 過去の国王の中にも、権力者の娘を娶り、その娘が無事に子を産んだ途端に、難癖をつけて国王を失脚させ、言葉もろくに話せない幼子を国王に付けて傀儡くぐつにするという例は多々。

 玉蓮には申し訳ないか、このまますれ違いを続けている方が、その方が好都合だと、西寧は思うようにして、玉蓮とのことは、放置していた。


「誕生日?」


「ええ。西寧様の妹姫、福寿様の六歳の誕生日が、本日でございます」

力上りきじょうにそう教えてもらった。


「ふうん……。では、祝ってやらねばなるまい」

何を喜ぶだろう? 西寧は、思案する。


 六歳の女の子。それも、貴族。そんな境遇の子どもが何を欲するのかなんて、さっぱり分からない。

 自分の六歳の時、雑巾一枚片手に、黒い虎精だと蔑まれ、ボロボロの服で働いていた。何も持たず、ただ、その日を生き延びるだけで精一杯だった。

 残念ながら、少しも参考にならない。


「福寿様のことです。きっと西寧様のお渡しになる物でしたら、何でもお喜びでしょう。ですが……ご心配ならば、ご本人に聞いてみれば良いのです。今から、行って来てはいかがですか?」

壮羽が、そう助言をしてくれる。


 確かに、本人に聞くのが一番だろう。

 では、今日中に合いに行くかと、西寧は、忙しい予定を調整して福寿の元へ向かう。

 福寿の身の回りを世話する女官に聞けば、福寿は以前西寧と遊んだ花畑で花を摘んでいた。


「福寿!」

西寧が声をかければ、振り返った福寿の顔は、満面の笑みとなる。


「お兄様!!」

福寿が走り寄ってくる。


「元気にしていたか? あまり構ってやれずにすまんな」


 そういえば、最近は忙しくて、あまり遊んでやらなかった。寂しい想いをさせていたのではないだろうか? 西寧は、福寿の頭を撫でてやる。


「お兄様と会えないのは、寂しゅうございますが、大丈夫です! 福寿の様子は、壮羽様や力上様が、時々見に来ておりますから!」

ニコリと福寿は笑う。


 あいつらも忙しいだろうにどうやって時間を作っているのだ? すごいな。

 福寿にまで気を使ってくれる心遣い、ありがたい。

 西寧は、素直に、力上と壮羽の気づかいに感謝する。


「そうだ。今日は誕生日なのだろう?」

福寿を抱き上げながら西寧が聞けば、


「はい、ですから、力上様と壮羽様に、お兄様との時間が欲しいとお願いしました。そうしたら、本当に、お兄様が来てくださって!」

と福寿が笑顔のまま答える。


 貴族だろうか、貧しい身の上だろうが、子どもの欲しい物の本質は、それほど変わりはないのかもしれない。


「福寿。誕生日おめでとう! では、誕生日を祝って、料理を作ってやろう。今日は、ずっと一緒に過ごそう」


 西寧がそう言えば、福寿が、きゃあー!と歓声を上げて、大喜びする。

 あの時、小さな西寧が喉から手が出るほど欲しくて、手に入れられなかった物を、西寧が福寿に与えてあげられる。


 それは、西寧の心の中の、幼い西寧まで癒される気がすることだった。

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