第40話 式典
ある日、力上達、軍部の要望により、西寧の戴冠式が正式に行われることになった。
「だが、黒い虎精の王の戴冠式なんて、誰も望まんだろう?」
西寧が自嘲気味に言えば、太政大臣も大きく首を縦に振る。
「全くその通り。誰も観たくないでしょう」
太政大臣の言葉に、力上は恐ろしい形相で睨む。百戦錬磨の力上に睨まれて、太政大臣は、言葉を継げなくなる。
「いや、西寧様は、先の大戦で勝利を呼び込まれた英雄。英雄を邪険に扱うなぞ、武勇を誇る青虎の国の名折れになります」
力上は、そう言って一歩も引かなかった。
まあ、いい。国民から非難が出て暴動がおきれば、その時に対処すればよい。革命が起きて玉座を追われるなら、それならそれも面白い。
空前絶後の短期の国王として、歴史の教科書にでも名前が残るだろう。
西寧は、観念して戴冠式に了承した。
式の当日。西寧は、着たこともない金糸や銀糸を使った立派な服を着せられる。
「高そうな服だな。費用はいくらくらいかかったんだろう?」
と、西寧が困った顔でつぶやけば、
「また、そんな……。めでたい時ですから、こんな時ぐらい、純粋に楽しんで下さい」
と、壮羽が苦笑いする。
「しかし、これも国庫から費用は出ていて、この金で孤児院を造ったりだな、色々と使い道が……」
「それは、西寧様が国を豊かに治めることで造って下さい。今日の分の費用も、このぐらい取り戻す気でいてくれなければ困ります」
壮羽がそう言えば、西寧は、壮羽め、と言って壮羽の胸を軽く小突く。
「分かった。格式高い烏天狗の壮羽が、驚くぐらいの名君になってやる」
西寧は、そう言って壮羽に笑う。
西寧は、力上に促されて戴冠式の会場となる王宮の広場に出る。
隣には、壮羽が控えていつ何が起きても対処できるようにと緊張している。
忌み嫌われている黒虎の精の戴冠式。残念ながら何が起きても不思議ではない。
王族席に一人だけ座っている福寿が、
「お兄様、素敵です」
と、にこやかに笑って手を叩いて喜んでくれている。
太政大臣と仲の良い大臣たちが、黒い虎には不格好だ、汚らわしい、みっともない、と意地の悪いことを、西寧に聞こえるようにひそひそと言い合っている。
無視だ。
いまさら、西寧は、そんなことを気にしない。
隣には、壮羽がいる。それに、力上もいる。妹の福寿もいる。陽明の想いも心に刻んだ。
それだけで十分だ。
あんな奴らの好意なんて、必要とは思わない。
堂々と広場を見渡せば、大勢の兵士。西寧の顔を見て歓喜の声をあげているのは、先の戦で共に戦った者達。
拍手と歓声。
「ここに、西寧王の即位を発表する」
力上の大きな声が広場に響けば、広場には、歓喜の声が上がる。
「西寧様、おめでとうございます。あんなにも、皆、西寧様の即位を喜んでおります」
壮羽が、歓声を聞き、嬉しそうに笑う。
「うん。……ありがとう」
受け止めきれない光景に、西寧は戸惑う。
ずっと、虎精には受け入れられない存在なのだと諦めていたのに。
西寧は、涙をグッとこらえていた。
「西寧王。バンザイ!」
力上の力強い声に、広場は、いつまでも喜びにみちあふれていた。
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