第41話 玉蓮

 戴冠式が終われば、太政大臣との約束通りに、太政大臣の息のかかった者から正妃を娶ることになる。


「大丈夫なんですか?」

壮羽が聞けば、


「まあ……何とかなるだろう」

と軽く西寧は返す。


 本当に何とかなるものなのか……。

 正妃となれば、寝所を共にすることになる。それこそ、太政大臣の命令があれば、文字通り寝首を掻かかれてしまうことになるだろう。


 今後、太政大臣の意向に沿わない行動が益々し難くなるということではないだろうか?


 仰々しい輿入れ行列のもと、正妃に就いたのは、玉蓮ぎょくれんという名の娘であった。


 意外だ。


 確か、太政大臣の娘は、箱入り娘で、表に出たこともないような娘ではなかっただろうか? それを、自分のような黒い虎に輿入れさせるなんて、神経を疑う。

 娘が可哀想だとは思わなかったのだろうか?


 案の定、西寧が玉蓮に話しかけても、玉蓮は震えて何も答えない。

 玉蓮が正妃となった夜。しきたりに従って玉蓮の部屋に来てみたものの、怯え切った玉蓮は、部屋の隅でずっと震えている。


「そんな怯えなくても……何もしない」


西寧の言葉に、玉蓮が目を丸くする。


「しかし、正妃という物は……」


「いいよ。別に。ただ、太政大臣に怒鳴られるのは面倒だから、こうやって話をしに通いはする。それだけ。指一本触れないことを約束するから」


西寧は、入り口近くの椅子に座って動かない。


「どうしようかな……どのくらいの時間ここで座っておくべきか……」


「本来なら、夜明けまで部屋でお過ごしになるはずです」


「ええっ、そんなに? 面倒だな……明日の夜は、仕事を持ち込んでもいい? ここでずっと話をしてても手持無沙汰になってしまう」


がっくりとうなだれる西寧を見て、玉蓮が笑う。


「……わたくしと話すのは、つまらないですか?」


「えっと、そうではなくて、時間がもったいないというか……」


「わたくしと話すのは、時間の無駄ですか?」


「ではなくて……う~ん。何と言おうか……それだけでは、明け方まで間が持たないし、玉蓮だって面倒だろ? 儂と話をしても、たいして気は合いそうにないし……」


どうして、こう会話がかみ合わないのか……。

仕事を持ち込んで、互いに別のことをしていた方が、合理的ではないのだろうか? どうせ、政略結婚で、互いに興味なんてないのだから。


「西寧様は、歩み寄ろうという気はないのですか?」


「? 歩み寄る? だって、玉蓮は、儂を嫌っているのだろう? じゃあ、別に歩み寄りたいとは思わないじゃないか」


別に万人に好かれたいとは思わない。

信頼できる者と友好であれば、それだけでいい。


「ひょっとしたら、好きになれるかもしれないではないですか」


「でも、黒い虎精だぞ? 散々、邪悪だとか呪わしき物だとか言われて育ってきたのだろう?」


商人の家の娘に散々な目にあわされた。

あんな厄介なことになっては、困る。


「それは、そうですが……西寧様は、思ったよりも普通そうなので」


「……普通……?」


それは誉め言葉なのだろうか?

いやいや、ここで気を抜いてはいけない。

壮羽に釘を刺された。太政大臣の娘なのだから、命を狙うかもしれないと。


「ともかく、これからしばらくの間は、明け方までこうやって話をすることといたしましょう! お仕事を持ち込むことは禁止ですよ」


にこやかに提案する玉蓮。

……明け方まで話。

昼間は、崩れかけの国の財政を立て直すために奮闘しているのだが……。

兵士と仲良くなるために、軍の訓練にも参加している……。


これは、しばらくの間は、とんでもなく辛い日々が続くかもしれない……。

西寧は、息を飲んだ。


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