戴冠式

第39話 家族

 王宮に凱旋して、西寧は、妹と初めて対面した。まだ五歳の幼い妹。腹違いの妹。ありきたりの普通の毛並みの虎精の少女。名を福寿ふくじゅと言った。


「西寧兄様でございますね」


ニコリと笑う福寿は可愛らしかった。大人しく控えめな性格らしく、話し方もずいぶんおっとりしていた。


「福寿。怖い思いもたくさんさせたと思う。これからは、兄がお前を守ろう。足りないことがあったら、いつでも言ってくれ」


 西寧の言葉に、福寿は一礼した。

 腹違いといえども、西寧にとっては、初めて見る血を分けた家族。不思議な感じがした。西凱王は、福寿が物心つく前に崩御しているはずだ。福寿の母も西凱王が亡くなってすぐに崩御したと聞いている。福寿もまた、西寧と同じく親の愛に恵まれてはいない。

 そう思えば、一入この幼い妹の行く末を守ってやらねばと思う。


「兄様ありがとうございます。出来れば、兄様とたくさんお話がしとうございます」

福寿は、そう言って微笑んだ。


 西寧は、忙しい合間をぬって、暇を見つけては、福寿を膝に抱き色々な話をした。やたらと厳しかった陽明という家臣の話。その後に、商人の家に下働きをした時お辛かった話。壮羽と出会った時の嬉しかった話。どの話も、福寿は、ニコニコしながら聞いてくれた。西寧も、福寿と話すのは、楽しかった。


 王宮の裏山で見つけた野の花。花輪を作って遊ぶ福寿を西寧は見守る。

 穏やかな時間。

 

 これが、家族なんだ。

 西寧の心は、じんわりと満たされる。

 

 陽明のことを思い出す。幼い西寧に厳しかった陽明。

 陽明は、自分がこのような形で強引に玉座に就いたことを、卑怯だと怒ってはいなだろうか?


 西寧は、陽明が自分を育ててくれた小さな庵の跡を見に行く。


「本当に、兄様はこんなところでお育ちになられたのですか?」


 福寿が、寂れて天井すらなくなった廃墟を興味深そうに見て回っている。

 こんな風に崩れ果てた姿を観れば、なんとも小さな庵。

 ここで、陽明と二人で過ごしていた。自分の部屋と居間と台所、陽明の部屋。最小限の空間。しかし、幼い頃は、これが全てだった。


 足元の瓦礫が、パキパキと音を立てて崩れる。


 西寧は、陽明の部屋のあとから、一冊の記録を見つける。

 陽明の日記だ。


 落ちた天井の裏にでも隠していたのか。それが、天井が落ちたことで、ここに野ざらしで放置されることになったのだろう。

 雨風にさらされてボロボロの紙をめくって、まだ読めるところをすくって読めば、西寧の事ばかり書かれている。


 初めて立った日の喜び。

 初めての言葉は「よおよお。」陽明のことをそう呼んだらしい。陽明は、その日のことを幸せに感じていたのだと書かれている。

 風邪をひいた時には、どれほど不安で眠れなかったかがつづられている。


 西寧様のご成長は、妃様に全てご報告し、妃様も西寧様にお会いしたいと泣かれている。それなのに、一目も会わせてあげられぬ。私が、太政大臣に権力で負けているからだ。不甲斐ない自分に腹が立つ。どうしても、あの男に裏をかかれてしまう。自分が不甲斐ないから、この子を親から引き裂いてしまったのだ。

 幼い西寧には見せなかった陽明の嘆きが、喜びが、そこら中にしたためられている。


「陽明……。ごめん」


 陽明の心の半分も分かっていなかった。

 いつか、政敵を皆打ち滅ぼして、西寧様を堂々と王族に列席させたい。ご両親に会わせて差し上げたい。その為にも、誰も文句が言えないくらいに、西寧様を立派に育て上げたい。

 陽明の夢がつづられている。

 

 こんなに西寧を想い、色々なことを抱えていたなんて、今まで思ってもみなかった。

 色々なことを飲み込んでの、あの陽明の厳しさ。表面的な厳しさだけに目がいって、その奥の陽明の心の深さに気づきもしなかった。

 

 日記帳を抱きしめれば、温かい陽明の心を感じて、西寧は、いつまでもその場を動けなかった。

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