第38話 戦は終わって

「死んだ兵士の家を回る。全員の名前を教えてくれ」

勝利に盃を交わす本陣で、西寧は、力上に頼んだ。


「ですが、西寧王、被害は少なく済んだとは言え、やはり百を超える犠牲が出ています。とても全員の家を回るなどと言うことは」

力上は、戸惑う。


分かっているのだろうか? 亡くなった兵士の家を回ると言う行為の意味を。

決して歓迎はされない。

泥水をかけられ、兄を父を返せと罵られる。それを幾人もの兵士の家で繰り返すことになるのだ。

ましてや西寧は、不吉の虎と呼ばれる黒い毛並みの虎精。きっと恐ろしい罵りを受けるだろう。


「分かっている。だが、その百は、一人一人が、かけがえのない誰かの父であり兄であり弟であり子どもであるのだろう? 総指揮をとった以上、守れなかった命の責任は取りたい。せめて、この頭を下げて、怒りの声を受け止めたい」


 見つめる西寧の金の瞳に、力上は、心が震えた。


「では、手配いたしましょう。良ければ、特に功績のあった者の名前もリストにして届けましょうか? それぞれ、亡くなった者も、功績があった者も、どのような働きをしたのかを、直属の指揮官に書かせましょう」


「それは助かる」


力上の申し出に、子どもがニコリと笑う。笑えば、西寧も、年相応にみえる。


「父上の話をしてもよいですか?」


力上の言葉に、西寧が、ピクンと震える。


「やはり、あなたには、バレていましたか。子どもの茶番に付き合って下さったのですね。必死で資料を読み漁ったのですが、どうにも、あなたと西凱王の関係は、濃くて。やはり、騙せませんでしたね」


「はい。どのようなことをなさるのか、ずっと観察していました。無能ならば、王の名前を語った者として、首を刎ねるつもりでした」


 でしょうね、と西寧が笑う。

 自分の首を刎ねると言われても、全く動じない西寧に、力上は、目を細める。

 確かに、西凱の子だ。


「あなたは、誤解していらっしゃる。あなたの名前は、父王が、黒い毛並みと知っていて、なお、周囲の反対を押し切って、あなたに自分の名前から一字を取って与えたのです。あなたは、父に愛されていたのです。だから、信頼する配下に、あなたを太政大臣の手から守るために預けた。その後、行方不明になった時の父王の嘆きを、知っていて欲しいのです」


西寧は、キョトンとしている。言葉が、なかなか心に入って来ないのだろう。それほどまでに、自分は、不吉の子として捨てられたのだと、親からも忌み嫌われたのだと、思っていたのだろう。


「あなたのことを、『小僧』などと、西凱は言わない。ただ、『西寧』と、自身のつけた名前で呼ぶでしょう」


力上が、大きな手で、西寧の頭をなでる。西寧の目から、ポロポロと涙がこぼれていた。


「おかえりなさい。西寧。お待ちしておりました」


力上は、西寧を抱きしめて、優しくそう言った。

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